ハーメルン
噛ませ転生者のかまさない日々
めが年目

――発端。そう呼べる程度の意味を持ったやり取りは、実に些細な物だった。

とある休日、とあるデパート。友人達と共に訪れたスターバックスで何気なく問われた一言が、少女の心に僅かな焦りを齎したのだ。
すなわち――――「あのいやらしマンとはどんな感じなの?」という下世話な疑問。

おそらく、言葉を発した友人には悪意や嫌味などこれっぽっちも無かったのだろう。しかし、それはこれまでの日々に満足していた少女に楔を打ち込むには十分な物だった。
そうして言われるままに「彼」との関係性を振り返った少女は、その変化の無さに何となく不安になり、ちょっとだけ勇気を出した方が良いのかな、なんてぼんやり思ってしまった訳で。

特に山も谷も無い日常の一幕ではあるのだが――――「彼ら」の間では、この程度の起伏でもちょっとした刺激になり得てしまったと。まぁ、導入としてはそんな感じである。


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駅に近く、街の中心部にも便の良い海鳴市で一番の高級マンション。その高層フロアの一室に「彼」は居を構えていた。

一見すれば他の部屋と同じく清潔感のある部屋の外観なのだが、ドアを開けて一歩進めばそこは魔境。
壁一面に一般・成人向け問わず美少女ゲームのポスターが張り巡らされ、棚やタンスの上には所狭しとフィギュアが並んでいるという超ヲタク特化居住区である。
おそらく相当なこだわりがあるのだろう、その全ては「彼」の手により常に埃が被らないよう清掃され、新品と同じ輝きを放っていた。それに加え部屋自体が綺麗に掃除されているためもあり、至る所を埋め尽くしている物の種類の割には「特有の空気」は少なく感じられる事だろう。

――そんな美少女に囲まれた場所の中に、重ねて美少女ゲームをヘッドフォンを装着してプレイする「彼」が居た。

軽くワックスで整えられた銀髪に、左右色違いの切れ長の瞳。高い鼻と薄い唇もバランスよく配置され、均整のとれた体つきと合わせてまるで美術品のような美しさを漂わせている。
「何故だ! 何故ちびミシェルの乳吸い小窓が無いッ……!」やっている事で全てを台無しにしていたが、それでもまぁ、美し……うん、格好い……うん、うん。

ともあれ。

そうして楽しそうに自らの趣味に興じる「彼」の声を聞きつつ、その背後に設置されている机に座る少女はいつものように絵を描いていた。
小学生の頃にこの関係が始まって以来、彼の声やアニメの音声を聞きつつイラストを描く事が彼女の日課となっているのである。

春も、夏も、秋も、冬も。一年間通してほぼ入り浸り。コーヒーメーカー(愛称めーこちゃん、単純だね)から漂う珈琲の香りや畳の感触も心地よく、受験勉強を始めとした切迫した時期にも良く訪れていた程だ。
今や彼女にとって、彼の部屋は常に穏やかな気持ちで過ごせるベストプレイスと化していた――のだ、が。


「…………」


そわそわと、じりじりと。今この時に関しては、何時もの穏やかな空気は鳴りを潜めていた。

タブレットの上を走るペンは精彩を欠き、履いているニーハイソックスの端をクイクイと弄り。落ち着き無く何かを気にするような仕草を浮かべている。
そうして見つめているのは、視線の先で頬杖を付いている「彼」の背中だ。こちらに意識を向けず、彼は自分が見つめられている事には気づいていないようだった。

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