ハーメルン
斯くして、一色いろはは本物を求め始める。
1#03

  *  *  *

『突然ごめんなさい、明日の放課後屋上で話がしたいです』
 回りくどい手法を用いて届けられた物の中身を確認する。社交辞令と要点のみ抜粋したような文に含まれたニュアンスから察するに、これはラブレターと呼べるものなのだろう。差出人の名前はどうでもいいので確認しない。
 ということは、話の内容なんてたかが知れている。なら、こちらの突きつけるものはこの時点で決まっていた。
 破り捨てるなり、気に止めず無視できるならそれはそれで楽だろうが、わたしはそこまで捻くれてはいない、と思いたい。というのも、生徒会長という立場上、こういったことを無視して悪評を広められても困るのだ。
 そして悪意に満ちた、あることないこと混ぜ合わせたような――そんな噂が立てられたら、またどこかの捻くれ者が責任を感じてしまう。

 それだけは――。

  *  *  *

 階段を上り、呼び出された屋上に向かった。そして、今から想定している出来事に心の底から何かを吐きそうな不快な気持ちのまま屋上の扉を開いた。
 そこには一人、顔だけはそれなりのスペックを誇る超劣化葉山先輩みたいな男子が、わたしが来るのを待っていたようで顔がぱぁっと明るくなる。だが、それは一瞬のことで、その直後には真面目くさった薄っぺらいものを貼り付けるのがわかった。
「呼び出してごめん、来てくれてありがとう」
「いえいえー、それでわたしに話ってなんですか?」
 こんな人周りにいたかなぁ……記憶にないや。あ、もしかして新入生? でも、わたしの下駄箱を知っている時点でやっぱり気味が悪い。まさか変なことされてないよね? ……ないよね?
 本音を言えば、あの頃は誰彼構わず愛想を振りまいていたから、ぶっちゃけいちいち覚えていない。わたしが満たされればそれでよかった。だから、そんなわたしの自尊心で勘違いさせたのなら罪悪感が芽生えなくはない。
 だが、わたしはそれを拭ってあげるほどできた人間でも、お人よしでもない。わたしが責任を負うなんてこと、したくない。
 わたしが責任を感じるのは、拭ってあげたいと思えるのは、わたしを支えようとわたしに責任を感じてくれている人だけだ。わたしを傷つけないために、自分が傷ついてくれる人だけだ。少なくとも名前すらも覚えていない、何も知らない目の前の人ではない。
「……あのさ」
 何かを覚悟したような間の後にそう呟く。……お願いだからそのおぞましい何かが見え隠れする表情、やめてくれませんかね。気持ち悪いから。
「えっと、一色さん。前から好きでした。俺と付き合ってくれませんか?」
「ごめんなさい。好きな人がいるので付き合えません」
 余計な敵対心を煽らないようにごく正当な嘘の理由を盾に丁重に、即座にお断りする。きっとこれが超劣化版じゃなくて、葉山先輩本人だったとしてもわたしは同じ答えを用意するだろう。あの時のわたしと、今のわたしは違う。葉山先輩の場合は理由が変わってくるが、それでも同じだ。少なくとも恋する乙女なんかではない。悲劇のヒロインを演じているつもりもない。
 こんな告白、勝手に抱いた幻想を勝手に自身で膨れさせて、それに酔って錯覚して、勘違いしているだけだ。自分の理想像とわたしという虚像を無理やりこじつけているだけだ。そんな勝手極まりないものを押しつけられるわたしの身にもなってほしい。わたしの何を知っていてそんな薄っぺらい言葉がでてくるのだろうか。隠しているつもりでもチラッチラッと見たくもないものが見えてますよ。

[9]前話 [1]次 最初 最後 [5]目次 [3]栞
現在:1/6

[6]トップ/[8]マイページ
小説検索/ランキング
利用規約/FAQ/運営情報
取扱説明書/プライバシーポリシー
※下部メニューはPC版へのリンク
携帯アクセス解析