1#04
* * *
「せんぱい、今日はありがとうございました」
「おう」
心地よい静寂の時間に身を委ねてしまっていたわたしは、いつのまにやら眠りに落ちてしまっていたらしい。
最終下校時刻を知らせるチャイムで目を覚ましたのだが、自分の視界がやや斜めになっていたことに気づいたわたしが状況を確認すると、せんぱいと目が合った。その距離に、お互いに頬を赤く染める。
せんぱいは何も言わずにわたしの目が覚めるまで肩を貸してくれていたようで、そんな優しいせんぱいにわたしはセクハラだの変態だの理不尽な罵倒を浴びせていた。「俺なんも悪くないよね? ないよね?」とひたすら呪詛のように呟いていたけど、無視しました。せんぱい、ごめんなさい。恥ずかしかったんです。でも、乙女の寝顔を見たせんぱいも悪いんですよ?
……よくよく考えたら、見てないどころか見る度胸すらないかもしれない。やっぱりごめんなさい。
校門に向かう途中、珍しくせんぱいのほうから「送ってく」と申し出てくれたので、送ってもらうことにした。
駐輪場へ自転車をとりに向かったせんぱいを校門に寄りかかりながら待っていると、自転車を押してこちらに向かってくるせんぱいの姿が見えた。何も言わずに伸ばされたせんぱいの手にわたしは鞄を預けると、それをすんなりと自転車の籠に入れてくれる。
「んじゃ行くか」
「はーい」
いつもなら「乗せてください!」などと図々しいお願いをし、それを拒否するせんぱいと何度か押し問答を繰り返すのだが、今日のわたしはどうにもそんな気分にはならなかった。
歩く速度は心なしかまだ重く、普段と比較してだいぶ遅いはずなのに、それでも自然に歩調を合わせてくれるせんぱいはわたしなんかよりもよっぽどあざといなーだとか、野暮ったいことを聞いてこないあたり空気も読めるので、腐った目が全てを台無しにしてるんだろうなーだとか、失礼極まりないことを考えながらせんぱいの隣をとてとてと歩き、駅へ向かう。
「……お前、よっぽど疲れてたんだな」
「そんなに寝ちゃってました?」
「まぁ、結構」
「あはは、すいません」
「無理だけはするなよ」
そう言いながらわたしの頭にぽん、と手が乗せられる。わたしは、突然の出来事に驚き、目を見開いて固まってしまった。
「あ、ああ悪い。つい小町の時の癖で」
そんなわたしに気づいて自分が何をしたのか理解したようで、わたしの頭に乗せた手を離し、取り繕うようにそう言った。
「…………」
「……す、すまん」
恥ずかしさで顔を隠すように俯いてしまう。お互いに顔を赤らめてしまったことは想像に難しくない。
名残惜しさと寂寥感を感じながらも、振り払うようにわたしも取り繕う。
「……セクハラですよ、せんぱい」
「……返す言葉もない」
じとっとした表情を貼り付けてそう告げると、項垂れてしまったせんぱいが可哀想になってきたのでぼそりと聞こえるように呟く。
「……まぁ、嫌ではなかったので許してあげます」
「そ、そうか……。なら、そうしてくれると、助かる……」
それっきり訪れるただの気まずい沈黙にお互いに何も言えず、ただ静かに再び歩き始めた。顔に残る熱の余韻は、歩き始めてもしばらくは消えなかった。
だんだんと、様々なネオンの光が明るさを増していく。雑踏音が少しずつ大きくなる。それはこの時間がもうすぐ終わるということを意味する。
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