ハーメルン
斯くして、一色いろはは本物を求め始める。
1#06

  *  *  *

「やっはろー、いろはちゃん」
「こんにちはー、結衣先輩」
 結衣先輩はわたしの想定したとおり、影のある表情と声をしている。恐らく、噂については既に知っているのだろう。
「……それで、話ってなに?」
「えっと、わたしとせんぱいの、その……噂。……知ってますか?」
「……うん、聞いた」
「……ですよね」
 沈痛な面持ちで、今にも泣き出しそうな結衣先輩が震える声で答える。それもそうだ、確定できる材料が揃いすぎている。
 昨日のわたしの様子とせんぱいだけを連れ出したこと、その後わたしとせんぱいが何をしていたのか、何を話していたかは結衣先輩は知らない。もちろん、雪ノ下先輩も、小町ちゃんも、知らない。その翌日に謀ったようなタイミングでこんな噂が流れれば、何かあったのだと邪推してしまうだろう。
「……ヒッキーと、付き合ってるんだよね?」
「……付き合ってないですよ」
「……えっ、違うんだ?」
「わたしとせんぱいが昨日一緒に話をしてる時とか、送ってもらった時に誰かに見られてたみたいで。それに尾ひれがくっついてこんな状態になっちゃったっぽいです」
「あ、なるほど」
 わたしが昨日の出来事を簡潔に説明し、噂を否定すると結衣先輩の表情と声に少しばかり安堵の色が戻ったようだ。
 ただ、未だに影がある表情のまま変わらないのは、去年の噂のこともあったせいだろうか。それとも別の懸念している何かがあるからだろうか。
 考えたところで仕方がないので、申し訳ないが強引に進めさせてもらおう。
「……で、ここからが本題なんですが」
「本題?」
「結衣先輩はせんぱいのこと、好きなんですよね?」
「……っ! え、えっと……」
「ここにはわたししかいませんし、誰かに言ったりとか、そういうこともしません」
「…………」
「……それに、普通にバレバレですって」
「そ、そんなにかな?」
「はい」
「……あはは、うん、好きだよ、ヒッキーの、こと……」
 同じ内容の質問を雪ノ下先輩にしたところで、素直に答えてくれるとは思わない。それどころか「……一色さん、ろくでもないことを考えているでしょう? やめなさい」などと、一蹴されるのは想像に難しくない。
 だからこそ、結衣先輩だけを呼び出した。悪く言えば、利用した。結衣先輩でなくてはならない理由が他にもある。雪ノ下先輩も同様なのか、聞かなくてはならない。
 確証が持てないからこそ、知りたかった。誰よりも雪ノ下先輩の近くで見てきた結衣先輩にしか気づけない変化がきっとある。
 ――さて、ここまでは予定どおり。ここからは確認した後、わたしは最高に最低な依頼をするだけだ。
 だが、わたしが想定していた流れとここから違っていた。
「……でもね」
 消え入るような声で結衣先輩が呟いた。その刹那、結衣先輩の瞳に大きな滴が浮かぶ。
「……振られちゃった、かな。あたしは、だけど」
 そして、つつりと頬を伝った後――滴はぽとりと床に落ちた。
「……は? え、ちょ、は?」
 思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。まずいまずいまずいまずい――この展開はまったく予想していなかった。頭が真っ白になる。
「え、えっと、その、どういうことですか?」
「……いろはちゃんだから言うけど、入試で学校が休みになった日、あったでしょ? や、バレンタインって言ったほうが、いいのかな?」

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