ベル・クラネルの長い一日③
間近で見るミノタウロスの大剣は、ベルが想像していたよりも重く、そして速かった。これをまともに食らえば一たまりもない。レフィーヤの杖と違い、ぼろぼろと言えど刃物の一種だ。強い力で斬られれば、人間の身体などすぐに泣き別れになる。それは規格外の人間である冒険者でも同じことだった。
だが、その大剣は速いには速いが、レフィーヤの杖程ではない。レフィーヤの杖は動いたと思った時には当たっていたし、リヴェリアの杖は吹っ飛ばされてからでないと、動いていたと認識することもできない。動きが捉えられるだけ、ミノタウロスの攻撃は優しいものだ。避けることに集中してさえいれば、攻撃を避け続けることは、ベルにとってはそれ程難しいことではない。
自身の行動が他人と比較した場合、どの程度のものなのか。面倒を見ているレフィーヤとリヴェリアが秘匿主義なこともあって、ベルは自身の相対的な価値というものを知らずにいた。レベルに劣る人間がレベルで勝るモンスターの攻撃を避け続けるというのは、驚異的なことだ。レベルが1違えば、全てのステイタスの、その合計値に大きな差が生まれる。ベルがミノタウロスの攻撃を回避し続けていることは、その常識に反するものだ。
もっとも、その常識は、常識であるが故に冒険者の平均によって話を纏めている。ほとんどの冒険者はランクアップに際し、Aランクのステイタスを持つことはない。一つあっても大騒ぎの所、ベルは魔力以外の全てのステイタスがAに到達している。敏捷に至ってはSランクだ。
一方のミノタウロスは、レベル2のモンスターの中でも決して素早い方ではない。レベル差はあれど、回避が成功し続けていることにはその辺りの要因もあった。ただ生き残るだけならば、このままでも十分に可能だ。本来の目的である時間稼ぎをするだけならば、今のベルでも十分にその役割を果たすことができただろう。
しかし、ベルの目的はこの時点でミノタウロスを撃破することに変わっていた。避けているだけでは、この強敵を倒すことはできない。大剣を避け続けながら、ミノタウロスを観察する。その過程でベルの身体には無数の傷が刻まれるが、ベルの集中力はそれでも途切れることはなかった。高位の冒険者の攻撃を、どうすれば避けることができるのか。冒険者になってからは、それを考える毎日だった。それを実践し、失敗し、地面を転がり続けたことは、無駄ではなかった。
とりあえず、くらいの軽い気持ちで、持っていた剣でミノタウロスに斬りつけてみる。腰が入っていない、借り物の剣での一撃は、ミノタウロスの固い皮膚にかすり傷を付けるのがやっとだった。圧倒的に力と、武器の切れ味が足りない。現状では、全くもってどうしようもないというのがベルの結論である。
せめて、良い武器があれば。彷徨うベルの視線は、仲間が残した武器に留まった。ルートはレベル2で、ミノタウロスもそうである。使う武器が相応のものであれば、ミノタウロスにも傷をつけることができるのではないか。考えたベルの足は、速かった。少しでも身を軽くするために、剣を放り出して走る。ミノタウロスはそんなベルを追おうとして――何故か、足を止めた。
背中を向けていたベルは、それに気づかない。滑り込むようにして、抜き身のままのルートの剣を拾い、構える。ベルよりも大きいルートが、鍛冶系のファミリアにオーダーメイドで発注した、彼のために誂えられた剣だ。まだ手足の伸びきっていないベルの身には重く大きかったが、そのちぐはぐさがベルには頼もしく思えた。
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