第15話 『意図』
加蓮と奈緒が杏の劇場に期間限定で移籍するという話題は、武内の部屋で打合せが行われたその翌日には、346プロのアイドルやスタッフの半数が知るところとなっていた。どうやらあのときドア越しに盗み聞きしていたアイドルがいたらしく、そこから事務所内の関係者に知れ渡っていったらしい。
とりあえず美城常務の口から箝口令が敷かれているため、今すぐに外部の人間に漏れることは無いだろう。しかし彼らも人間だ、ちょっとしたミスで耳聡い記者の耳にその情報が入るかもしれない。できれば自分達の方から発表した方が良いだろうと、武内は記者発表の準備に追われていた。
そんな346プロ内にある、社員食堂。
昼時だけあって、千人近くが一度に座れるにも拘わらずほぼ満席だった。様々なジャンルの料理を安価で食べられるのが社食の魅力だが、346プロの場合はかな子の店で実際に出されているメニューを通常よりもかなり安く食べられる。しかも時期によっては、新開発したメニューをモニタリング目的で出したりすることもある。
なのでここは社員だけでなく、アイドル達の利用も多かった。特に寮に住むアイドルの大半はここを利用しており、下手に外食に行ったり自炊するよりも手軽に豊富なメニューを安く食べられることが大きな要因だろう。
そんな若い少女達に釣られてというわけではないだろうが、社食の中はとても賑やかだった。午後からの仕事に備えて黙々と英気を養う者もいるが、大多数は気の合う同僚や仲間達とのお喋りに興じている。
そして普段なら様々な話題が飛び交う社食も、今日ばかりは全員が“奈緒と加蓮の話題”で盛り上がっていた。ここは社員とアイドルしか持つことを許されていないカードが無ければ入れないスペースのため、皆が遠慮無く自分の思うことを喋っていた。
「幸子チャンは、奈緒チャンと加蓮チャンの話は聞いたかにゃ?」
「ええ。346プロを一時的に離れて、双葉さんの事務所に行くという話ですよね?」
2人で向かい合いながらハンバーグセットを食べる前川みくと輿水幸子も、そんな彼ら彼女らの内の2人であった。2人はデビュー前の同時期に卯月の付き人をしていたこともあって、プライベートでもよく一緒に行動する仲だった。
「なかなか凄い決断ですよね。“トライアドプリムス”なんて、今最も勢いのあるユニットじゃないですか。それを一時的とはいえ休止して、地下アイドルの劇場に移籍するなんて……」
「本人の話じゃ『自分のスキルアップのため』とか『劇場の環境が羨ましい』とか言ってたらしいにゃ。みくからしたら、アリーナツアーとかやれちゃう加蓮チャン達の方が、よっぽど羨ましいと思うにゃあ……」
ハンバーグを頬張りながら呟いたみくの言葉は、紛れもなく幸子にとっても本心だった。今はまだ思うような仕事が回ってこない2人だったが、いつかは卯月みたいな正統派アイドルとして全国ツアーをしたいという願望がある。
ウンウンと頷いていた幸子だが、そのときふと、誰かから聞いたのかも思い出せないほどに曖昧になっていた記憶を思い出した。
「そういえば、みくさんって元々地下アイドルだったんですよね? 地下アイドルの劇場って、どんな感じなんですか?」
「…………」
幸子としてはあくまで会話を繋ぐための軽い質問だったのだが、その途端にみくは口に運びかけていたハンバーグをぴたりと止めて、苦々しい表情を浮かべた。
「……ひょっとして、あまり思い出したくない過去ですか? だったら無理に話さなくても――」
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