第10話「アラクタル迷宮とその周辺 前編」
迷宮都市アラクト。
みんな大好き冒険者ギルド発祥の地として有名だ。
都市ができたのは二千年くらい前だったじゃないだろうか。
『約千二百年前ってアイラたんが言ってたよ』
……二はあってるんだから二千でも千二百でもどっちでも似たようなもんだろ。
そんな他愛ないことをぐだぐだ言いつつ長い歴史を持つ都へと私は足を踏み入れた。
エルメルの町から東に二十日と数日。
チートを使ってこの日数だ。馬車なら一ヶ月はかかるだろう。
村越え、川越え、丘越えてとうとう来てしまった冒険者の聖地。
都市というだけあって大きさも今までに訪れた町の比ではない。
明日から三年に一度の闘技大会が開かれるとあって人の数もすさまじい。
こんな大量の人ごみにいたら立ちくらみしそうだ。実際に少し酔ってきた。
裕福なお坊ちゃんやお嬢様を対象にした教育施設もあるらしく、同じような服を着た子供が目につく。
奴隷の売られている通りもある。
『学園に奴隷に闘技大会! う~ん、イベントが目白押しだね。まあ、メル姐さんには関係ないだろうけど』
その通り。
私にはまるで関係がない。
学園には接点がまるでない。
奴隷を買うほどのお金もない。
そもそも奴隷は必要としていない。
必要ないものはあっても邪魔なだけだ。
闘技大会はそもそもエントリーすらしない。
視線を自ら浴びに行くなんてまっぴらだ。
人々が闘技大会に集まっている間が絶好のチャンス。
がら空きのダンジョンに潜ってさっさとクリアしてしまおう。
ファナ――そう名付けられた吸血少女は家に置いてきた。
置いてきたというよりも、「近所の子供たちと遊ぶのが忙しい」と言ってついてこなかった。
『吸血鬼ですら友達ができるっていうのになぁ。ったく、世知辛い世の中だぜぇ』
町に連れて帰ったのはいいものの、まともな生活ができるか心配だった。
そんな心配は杞憂に終わった。
パーティーリングを嵌めることで、モンスター専用スキルが選択できたらしい。
「種族弱点無効化」により日光浴を楽しみ。
「遠隔操作」によって私から離れてもスキルを継続するため、彼女は白昼堂々と町を闊歩している。
ご飯も普通に食べることができていた。
生活における力加減も上手だ。
困ったことに私を「あるじ」と呼び始めた。
呼び方や話し方は敬っているようだが、なんだろうか……。
むしろ馬鹿にされている気がする。
『おっ、鋭い。メル姐さんが顔を逸らしてるときに、クセェって鼻つまんでたよ』
そんな情報は知りたくなかったよ。
あのガキャ、帰ったらしばいてやる。
念のために言っておくが、ファナと私は仲が悪い訳ではない。
近すぎず遠すぎずという心地よい位置を保っている。
ただ次に帰ったとき、どうなるかはわからない。
私には慇懃無礼な一方で、ファナはシュウを神の使いと崇めている。
朝と夜には、涙を流しながら感謝の言葉を述べる姿も見ることができる。
膝をつき顔を伏せて、両手を胸の前に捧げての完全な隷従姿勢。
未知との遭遇は吸血鬼に畏怖を生じさせ、恐怖を通り越して信仰に押し上げてしまった。
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