ハーメルン
チートな剣とダンジョンへ行こう
蛇足03話「見よ! 東方は青く澄んでいる!」

 時は夕暮れ。
 とある集落の家の一室である。
 隅に置かれたベッドに男が一人横たわる。
 彼は胸を大きく上下させ、全身から汗を噴き出す。
 貴方はそんな彼の様子を難しい表情でじっと見つめている。

「どうでしょうか?」

 隣に立っていた男の夫人が貴方に問いかける。

 教えてやらないのか?
 この男――フェニルがどうなるのか貴方にはわかっているはずだ。

 ……そうか。
 沈黙で語るのか。
 それも一つの手段だろう。
 言葉にするにはあまりにも残酷すぎる。

「そんな――」

 フェニル夫人は目に涙を溜め、貴方に一歩近寄る。
 貴方は気圧され逃げるように目を伏せる。

「この人、朝は元気一杯だったんですよ! この子のために栄養のつくものをって! それがどうして! どうして……」

 夫人はお腹に手を当てる。
 目を伏せているなら、貴方にも見えているはずだ。
 彼女のお腹の膨らみが――新たな命はこの世界に産声を上げようとしている。
 だが――、

「私にはどうすることもできません」

 新たな命の父となる男の灯火はすでに消えかかっている。
 荒い息がいつ途絶えてしまってもおかしくはない。
 彼は明日を迎えることができるだろうか。
 貴方はどう思う?

「おそらく夜まで保たないでしょう」

 やはりそうなのか……。
 いま生きているのが不思議なくらいだ。
 ベッドの周りには男の出血を止めるために使った布切れが散らばる。
 無論、男の体は傷だらけ。目立つ外傷も一や二では足りない。
 それどころか毒までもらってきている。
 寂れた村だ。薬などない。
 死は目前だ。

「申し訳ありません」

 貴方が謝ることではない。
 むしろよくやったと賞賛されて然るべきだ。
 東の林でフェニルがモンスターに襲われ、運び込まれたのが昼過ぎ。
 薬もなく治癒術士もいないこの状況で、今の今まで男が生きているのはひとえに貴方の処置のおかげであろう。

 夫人もそれは理解している。
 それでも、彼女は夫の死を認められそうにない。

「どうにか……どうにかなりませんか。このままじゃ、この子には父親が――」

 夫人はそこまで言うと、口を噤む。

 きっと彼女は思い出したんだ。
 貴方にも妻がいないということを――。
 十年前。一人娘のシアを産み、そのまま息を引き取った。

 シアは貴方の家で留守番している。
 この部屋の光景はまだ幼いあの子に見せるものではない。

 気まずい沈黙が流れる中、部屋の外が慌ただしい。

「スーさん、いるかい?」

 沈黙を破るように男が入ってきた。
 彼は部屋の惨状に顔を歪めたものの、すぐに用件を話す。

 スーさんは貴方の愛称だ。
 住人全員――貴方の娘でさえもこちらで呼ぶ。
 そもそも、この呼び名を付けた張本人は死んでしまった。
 しかも彼女は途中から呼び方を変えた。
 どうでもいいことだ。

「人が来た。一人だ。西の入り口で待たせている。冒険者と語っているが、どうにも怪しい……。スーさんにも見てもらいたい」

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