七章 島津歳久への報告
「坊津の視察、ご苦労様でした」
歳久様から労いの言葉を直接頂く。
一ヶ月に及ぶ坊津の視察を終え、久朗と共に鹿児島へ帰還した俺に待ち受けていたのは休暇ではなく、むしろ休む暇すら貰えずに内城にて政務を行う歳久様への視察報告だった。
「もったいなきお言葉」
対面する歳久様に二重の意味を込めて頭を下げた。
「伏してお礼申し上げまする」
今回の坊津視察は俺の嘆願によるものだ。
貴久様と忠良様からお墨付きは頂いていたんだが、俺の献策によって何がどういう風に変わってしまったのか知りたかった。
砂糖の件にしろ、千歯扱きの件にしろ、様々な人たちの素直な反応を見聞きして今後の糧にしたかったんだ。
故に希望した坊津の視察。
久し振りに忠良様のご尊顔も拝謁したかった。
だが——。
貴久様は多忙を極め、自然な帰結として、次期島津家当主である義久様に政務の約半分が割り振られるようになった。
そして俺は義久様の筆頭家老である。
当然ながら降ってくる大量の仕事。
無理なく対処できる数だ。
しかし長期間、放置しておけば大問題となる量でもあり、この政務を誰かに放り投げるなど未だ若輩者の俺に許されるはずもない。
そもそも任せられる相手も限られている。
一先ず仕事を片付けよう。今は我慢だ。
そう納得させて日々仕事を処理していく俺。
そんな中、仕事内容的に接する機会の多くなった歳久様に異変を見抜かれ、素直に事情を口にした。隠し立てする必要もないと思ったからだ。
加えてもう一つ。
仕事に集中しなさいと冷徹な双眸を携えたお小言を貰いたかったからという理由も忘れてはならない。
想定外だったのは歳久様が協力してくれたことである。
視察の有効性を貴久様に説くだけでなく、俺の分の仕事まで負担して頂いた。
大学生の時、歴史マニアと一緒になって、島津四兄弟で最も地味な男は島津歳久だと語った当時の俺を殺してやりたい。
目の前にいるのは紛れもない恩人だぞ、と。
しかもツンデレだ。美少女だ。島津歳久だ。
なんだ、ただの女神様か。結婚したい。
「様子の程は?」
そういう理由もあって感謝の意を込めて頭を下げたのだが、歳久様は特に反応せず淡々と話を進めていく。
四姉妹の中でも特に涼しげな印象を相手に与える美貌も無表情のままである。
先月の問答など無かったような振る舞い。
嗚呼、こういうお方であったな。
瞬間的に冷却される俺。
自分自身に落ち着けと言い聞かせた。
お礼は申し上げた。
相手は詳しく追及してこない。
ならこの話に続きは不要だろう。
黙って借りを返そう。それが男気だ。
心の内で頷き、言葉を紡いだ。
「想像以上に発展しておりまする。この分だと来年にも予定の数に達する見込みかと。商人の逞しさは我々の予想を遥かに上回っておりますな」
「結構」
「堺を拠点とする商人とも話した所、鹿児島港にも船を寄せたいと仰せでした。坊津と同様に発展する港があると告げたら、彼ら興奮で顔を真っ赤にしておりましたよ」
「ますます結構。視察は成功でしたね」
視察自体は無事に終わった。
非常に有意義な一ヶ月だったと思う。
朝から晩まで響き渡る金槌の音色。
拡大した港に次々と繋留していく商船。
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