幕開け
――その日、王都リ・エスティーゼでは雨が降っていた。
ガゼフは濡れる外套を鬱陶しく思いながらも、同じような恰好をした数人とすれ違いながら黙々と道を歩く。自宅への道を。
そしてその途中で、雨に濡れた、心がへし折れた一匹の負け犬に出遭った。
「アングラウス……」
小道で雨に濡れるがままにされ、人形が投げ出されたように座り込んでいる、精気の抜けた顔。男……ブレイン・アングラウスはガゼフだと気づいていないのか、真正面からわざわざ顔を確認しに来た男を鬱陶しく思ったらしく、よろよろと立ち上がって気だるげに、とぼとぼと歩き出した。
雨の中小さくなろうとする背中に、ガゼフは走り寄って叫ぶ。
「ブレイン・アングラウス!」
「…………ストロノーフか」
そこで、初めてブレインはガゼフに気づいたのか。小さな、気迫の無い声がガゼフの耳に届いた。
「な、なにがあった?」
とてもかつて見たライバルと同一人物とは思えないその有り様に愕然として、ガゼフはつい問いかける。
ガゼフは知っている。一度の失敗で転がり落ちるような、楽な方へと逃げてしまう人間がいる事を。
だが、ガゼフの知るブレインはそうした者達とは無縁の生き物だったはずだ。ブレインならば、その失敗を糧にしてすぐに立ち上がり、より高みを目指して飛びたとうとするだろう。
そう思っていたはずなのに――
「……折れたんだ」
ぽつりと呟かれた覇気の無い言葉に更に愕然とする。つい、心の中にある結論を否定したくて、ブレインが幼子のようにしっかりと持っている刀を見る。だが、それには刃こぼれ一つ存在しなかった。
「なあ、俺達は強いのか?」
「――――」
その問いに対する答えを、ガゼフは口に出来なかった。
思い出すのはカルネ村の事だ。そこにいた謎の魔法詠唱者、アインズ・ウール・ゴウン。彼がいなければガゼフは、部下は、村人達もまた諸共に死んでいただろう。王国最強と言われようと所詮その程度なのだ。
強いなどと胸など張れない。けれど、それを口にするのは憚られる。何故ならそれは――
「俺達は弱いよ。所詮、人間なんだ。俺達なんて、ただのゴミだ。劣等種族たる人間なんだよ」
「分からないな、アングラウス。戦士ならばそんなこと、誰でも知っていることではないか」
そうだ、人間は弱い。
周辺国家最強などと謳われていようと、ガゼフは自分が最強だとは思わない。例えば法国はガゼフより強い戦士を隠している可能性があったし、それに人間であるガゼフより異形種や亜人種達の方が基礎スペックは上だろう。同じ技術力ならば、きっとガゼフは勝てない。
本当の最強。本物の無敵なんて存在しない。高みは目に見えないだけで、はっきりと存在する。ガゼフはそれを知っていた。
だが――ブレインは、ブレインはそれを理解していなかったのだろうか。どんな戦士だって知っている、当たり前の事を。
「高みはある。だからこそ……勝つために努力するのではないか?」
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