ハーメルン
ナザリックへと消えた英雄のお話
公都:早朝

 イヨが自分の上に圧し掛かった重みを意識的に自覚したのは、多分明け方頃の事だった。部屋はとても薄暗く、視界はほぼ利かない。彼は未だ摂取したアルコールで脳が痺れていたから、霞む目を擦る事すら無しにその『重み』に視線を向けた。

 黒くて短い髪、革と金属を巧妙に組み合わせた衣服。寝ていても分かる鋭い眼つき。

 オリハルコンプレートの持ち主、リウル・ブラムだった。

 自らの胸にうつ伏せに寝ている彼女を見て、イヨの二重に惚けた意識に何故彼女が自分と共に寝ているのだろう、と云う当然の疑問が浮かぶが、長く悩むことは無かった。

 答えは記憶の霧の向こう側だが、その霧の存在自体が答えであるように思ったからだ。

 俄かに思い出せば、彼女と一緒に夕飯を食べた所までは記憶にある。途中から記憶が無い。今までこんな風に記憶が欠落する事は無かったから、理由は恐らく酒だろう。

 飲んだ覚えはないが、酒を飲む彼女と酒の二つに関心を持った事は記憶にあった。

 一緒に寝ている。彼女が自分に圧し掛かって寝ている。多分お酒を飲んだから。

 未だ酔いが覚めず寝起きからも覚醒していない頭で、飛び飛びに思考する。

 リウルは和やかに寝ている。自分も気持ちよく寝ていた。もう少し寝ていたい。彼女もまだ起きていない。
 意識が完全に覚醒し、酔いも覚めていたなら、そんな風には絶対に考えなかったのは間違いが無い。でも今の彼はそうでは無い。それが全てだった。

 ──ならば良し、と。そう考えて。

「お休み……」

 イヨは自らの胸に乗った彼女の頭を緩く抱きしめて、もう一度眠りに落ちた。





 リウル・ブラムが下敷きした人物の存在を意識的に自覚したのは、明け方の頃だった。頭をぎゅっと抱きしめられた拍子に、意識が覚醒したのだ。高位の盗賊である彼女は闇を見通す事に長けていたから、たとえ薄暗くても視認には全く問題が無かったし、酒には結構強いので酔いも残っていなかった。

 下に敷いた人物──白金の三つ編み、少女の如き顔付き、綺麗な肌──新人冒険者イヨ・シノンは、なんとも警戒心の無い幼子の様な有様で幸せそうに寝入っていた。

 しかも、リウルの頭を優しく抱き締めながら。
 リウルは彼の胸を枕にしてうつ伏せに寝ていたのだ。

 酔いつぶれたイヨを抱えて宿まで戻り、そこで力尽きててしまったのだ。リウルにははっきりと記憶があった。初めて酒を飲んだと言う彼に、調子に乗って飲ませ続けたのは自分であるのも覚えていた。

 あの程度の酒量で正体を失うなどあり得ない。現に記憶はしっかりある。……あるのだが。

 ──いやに懐かれたな? 

 リウルが疑問を抱いたのは其処だった。リウルはあまり子供に懐かれる質では無い。愛想もあまり良くないし、顔立ちも態度も柔らかくは無いからだ。いや、イヨが十六歳で、自分の一つ下でしか無い事は知っているが。

 ──俺はこの少年に何をしたか。此処まで好かれる事をしたか? 

 性別を勘違いして睨み付け、勘違いに気付かされて謝り、謝罪として街を案内して、夕飯を共にし、酒を飲ませて酔い潰した。抱えて宿に戻り、疲労感に負けて一緒に眠り込んだ。

 ──イヨに好かれるような事は特別していない。

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