ハーメルン
ナザリックへと消えた英雄のお話
公都:面接申し込み


 連絡掲示板が小さいと云ってもそれは依頼票が貼られる掲示板と比較しての話だ。小柄なイヨと比較すれば身長より遥かに高く、横幅も大きい。

 彼ら彼女らは身長が足りないせいでに全体を見渡せていないイヨに変わって、なにやら特定の掲示物を探している様だ。やがて見つかったのか、やはり小さいせいで手が届かないイヨに代わって、それを取ってあげている。

「……あの子、冒険者やって行けるのかしら?」
「え、でも強いらしいですよ? 書状に書いてありました」
「ひ弱そうな感じこそしないけど……本当に子供じゃないの。しかも女の子よ?」

 男である。十六歳である。公国の定めた法で云えば、立派な成人男性である。

 如何に外見が日向で和む猫の如き飼い慣らされた愛玩動物感を醸し出していようと、その一挙手一投足は岩をも砕き鋼を両断するのである。転移前の篠田伊代の身体ですら、その気になれば素手で鉄板を折り曲げただろう。
 スペックだけを抜き出して考えれば、イヨは相当に屈強な男なのだ。例え道端で予兆なく暴漢に襲われたとしても、即時に回避と反撃を行えるだけの実力と精神性を培っている。

 生まれ持った可憐な容姿と育んだ稚気溢れる人格が、ひたすらにそれらを感じさせないだけで。

「何をしてるんでしょうね。プレート貰う前に仕事を受けることって出来ましたっけ? ん? 出来たとして、やる意味ありましたっけ?」

 先輩受付嬢からの返答は無かった。パールスが隣に視線を送ると、彼女は金級の冒険者パーティーと依頼の受理手続きの真っ最中であった。彼女は正面を向いて滞りなく仕事を遂行しながら、パールスに向かって『前を向け!』と手付きで合図してきた。

 あ、はい。とばかりに前を向くと、

「あれ、イヨちゃん」
「え? は、はい。イヨですけど……」

 受付嬢からの突然のちゃん付けであった。イヨは不可思議とびっくりが入り混じった器用な表情を浮かべている。周りの冒険者たちは、またかと言いたげな生暖かい視線を彼女に送ってきた。

 パールスの足がカウンターの下で横からコツンと蹴飛ばされる。無論蹴ったのは先輩受付嬢である。円滑に笑顔で仕事を進めながら上体を全くぶらす事無く蹴りを入れ、パールスに向かってだけ怒気を放つと云う熟練の離れ業を行使する彼女に、パールスの肌が恐怖で粟立つ。

「も、申し訳ございませんっ。少々気が抜けておりました。……プレートはもう出来ておりますので、今受け渡しを──」
「あ、いえ、その前にちょっと要件がありまして」

 先程よりも強く蹴りが入った。放たれる怒気は最早殺気と同等の鋭さでパールスを刺す。『真っ直ぐ来たらいい所をわざわざ連絡掲示板に寄ってから何か持ってきているのだから、そっちが先でしょう!』と肉体言語でパールスに伝えているのだろう。たかが一蹴りでそこまでの情報量を伝達しうるとは、控えめに言って神業だ。

 先輩受付嬢ことリリュー・ムーは、結婚を機に引退して冒険者組合の職員となった元ミスリル級冒険者である。未だに現役時代の八割近い強度の鍛錬を熟しているだけあって、その戦闘力は恐らく受付嬢界では最高位であろう、不死殺しの異名を取った対アンデッド戦の名手だ。

 如何にパールスが自覚無しに鈍いとはいえ、流石にこれ以上の粗相は不味いと、心の中で深呼吸。
 少年がおずおずと手渡してきた通知に眼を通し、

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