新生活と消えた記憶
「リウル、起きてー」
「んっが……」
リウル・ブラムは酒が好きだ。単純に味が好みと云うのもあるし、あの心地よい酩酊感が何とも言えず、初めて飲んだ時からそれはもう大好きだった。最初の頃は止め時が分からず、気付いたら床で寝ていた、気付いたら朝だった、まだ大丈夫だと思っていたら次の瞬間に吐いた、と醜態を晒しに晒したものだが、一年も経つ頃には自分の酒量を身体で覚え、そんな事も無くなっていた。
リウル・ブラムは酒が好きだ。体質的にも酒精に強いため、飲むときはガンガン飲んで食う。しかしまあいくら強かろうと無制限に飲める訳では決してなく、飲めば飲んだだけ酔う。
リウルは歳の割にかなり強く、酒豪と言っても過言では無い。ただしザルでは無い。
「もう朝だよ?」
「……日は昇ったのか?」
「もうすぐ夜明け」
「はえぇよ……」
自分の酒量を超えて飲み過ぎた。故に今のリウルは二日酔いなのである。
声変わりの気配すらも無い少女染みた声も、今日に限っては割れ鐘の如く頭に響く。優しく、労わりと思いやりを込めて撫でる様な力加減で背を揺さぶってくる手も、今回ばかりは降り下ろされるハンマーの如き衝撃に感じる。
普段無意識のうちに動かしている瞼さえ矢鱈と重く、石蓋をこじ開ける様な多大な労力を払い、どうにか右の眼を開ける。するとリウルの視界には、白金の長髪を流したまんまるおめめの子供が写った。
金の瞳、薄桃色の唇、雪色の歯、血色の良い柔らかそうな頬。普段とは髪型が違う為に、外見だけなら良い所の令嬢の様だが、顔に浮かぶ稚気溢れる表情がその印象を覆しており、総評すると、幸せそうな子供と云った感じだ。
──三つ編み解くと途端に印象が変わるな、コイツ。
これでお淑やかな表情や気品のある立ち振る舞いを覚えれば正にお嬢様なのだが、陽だまりで昼寝している猫の如き雰囲気の所為で、外見の良さが良い意味で目立たないのだろう。
「おはようリウル」
「……お前は昨日飲まなかったんだっけか?」
「あんまり覚えてないけど、アピル酒? だっけかな? それの果汁割りを飲んでたよ。甘くておいしかった」
アピル酒は酒精が薄く口当たりのよい甘い酒で、年若い女性に人気がある。量さえ飲まなければ余程弱くても二日酔いにはならないとされ、その酒を更に果汁で割ったら殆どジュースである。
「俺はどの位飲んだ?」
「僕が覚えてる限り、葡萄酒だけでも一人で三本くらい空けてたかな? 最初は止めようと思ったんだけど、バルさんとベリさんがあの位飲んでた方が翌日静かでいいから放っておけって」
にこにこと、何故か嬉しそうな笑顔でイヨは囁いた。あまり大きな声を出すとリウルの体調に触ると配慮したからだろう。彼自身も寝起きなのか、昨夜にわざわざ着替えたらしいゆったりとした寝間着のままである。清潔で簡素な白の衣装が良く似合ってはいたが、色使いの印象的になんだか修道女めいた感じ──今は髪を三つ編みにしていないせいもあってか──で、完全に男には見えない。
──これでも男で、しかも強いんだから世の中不思議だ。
万全の態勢で寝入ったらしいイヨに対して、リウルは普段の装備品を身に着けたままだ。革と金属を巧妙に組み合わせた防具と、無数に仕込まれた道具、武器、マジックアイテムの数々を。お蔭で節々が妙に痛む。
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