ハーメルン
ナザリックへと消えた英雄のお話
初依頼:子爵領への道中

 見渡す限りの青い空と、なだらかな平原が続いていた。道の先に視線をやると、遠方には森なども見える。公国の首都たる公都から北に進むこと二日目。彼方へと続く街道は平原に伸びる蛇行した一本線の様だった。
 遮蔽物の存在しない平原は見晴らしが良いが、それは同時に相手からも此方が丸見えだという事である。公国から定期的に冒険者組合へと依頼される街道の危険排除業務が頻繁にある為、そうやすやすと襲われる事も無いが、決して油断は出来ない。最善を尽くしていてもあっけなくモンスターの胃に収まってしまう事も珍しくないのがこの世界である。警戒は必須だ。

 街道を行く一台の幌付き馬車の周囲には複数人の人影があった。四方八方何処から何が来ても感知対応が可能な様に作られた陣形だ。それぞれが一目で高額な品と分かる武器防具やマジックアイテムを装備していて、皆が首からプレートを下げている。
 
 移動中の冒険者集団だ。ミスリルとオリハルコンの混合チームらしく、その高い練度は足運びを見るだけでも言わずと知れる。一筋の緩みも見当たらず、しかし過度の緊張によって体力精神力を削っている訳でも無い熟練者の群れである。

 アダマンタイト級が存在しない公国においては正にトップクラス。これ以上の戦力は容易には用意できまい。

 そんな者たちに囲まれた馬車の中には、交代で休憩している三人の人影があった。その内の一人はなにやら木箱の前に座って書き物をしている少女──にしか見えない少年だ。

 凄腕冒険者の中で、その少年の背格好は浮いていた。痩せ細ってはいないものの、体躯は小さく細い。年の頃は十四か十三にも見えるが、その実十六歳の成人男性であると自称している。同じチームの人間以外にはあんまり信じられていないが。
 澄み渡った大きな金の瞳、穢れを知らぬ輝く白金の三つ編み。内面が見て取れるかの様な無垢で精緻な顔貌。外見だけなら貴族の令嬢か大商人の箱入り娘でも十二分に通ずる美貌だった。外見だけなら。

 明らかに戦える人間の外見では無いにもかかわらず、首に下げたプレートはミスリル。全身を衣服の如き防具と数多のマジックアイテムで武装していた。何故か大きめの丸眼鏡と髪色と同じ毛色のウサ耳が頭部を飾っているが、本人は特に気にした様子も無い。鉱毒の腕甲と脚甲だけは、今は外している。

 公都で今話題の人物トップテンにランクインしているだろうこの少年の名は、イヨ・シノン。
 交代で取っている休憩時間を利用して、ただ今文字の練習中であった。

 公国の文字はイヨが見た印象だと、一見アルファベットの様に見えなくも無い。と言っても『離れた場所から文章の羅列を見たら一瞬そう思うかもしれない』程度で、実際の所は当たり前だが全くの別物である。

 共通点は表音文字である程度か。それ以上の何かに言及しようとすると、イヨ自身の知識不足が原因で訳が分からなくなる。英語よりはラテン語とか何だかその辺に似ている。イヨはラテン語の文章を読めないし碌に見た事も無いのだが、ただ印象的にそう思った。

「書き取り終わりましたー……」
「──うむ。まあ良し。次は見本を見ずに書いてみい。口に出して確認する事も忘れるな」
「はいぃ……」
「なんじゃその情けない声は。おぬし、故郷では学校に通っておったのじゃろう」

 学校に通える人間とは、イヨの元居た世界でもこの世界でも裕福な層とされる。イヨの世界では義務教育制度が撤廃されている為、小学校卒業でも貧困層からすれば高学歴の部類となる。中学高校を出たとなれば大変なエリートである。大学ともなると一般人はほぼ皆無で、巨大複合企業に所属する者及びその関係者の子息や一族が十割近い。

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