フールーダ・パラダインと【スパエラ】
「第七、第八位階だと……」
「はい。これらを託したいのです。強大で豊かな帝国を治められ、史上最高の賢帝と称えられるエル・ニクス陛下に。史上並ぶ者無き大魔法詠唱者、大英雄、帝国の守護者たるパラダイン様に──国を治めるという事は、綺麗事だけで済むほど容易い事ではないと頭では理解しています──」
実在するのか。正直に言えばジルクニフの第一の感想はそれだった。
フールーダから幼少より教育を受けただけあって、ジルクニフの魔法に関する知識は深い。しかし受けた教育はあくまで支配者のそれ、帝国の頂点に立ち国を差配する者の知識や心構えを学んだのだ。
実際に魔法詠唱者では無く、当然自分が表に立って戦う事も魔法を使う事も論外な身分の人間として、教養や魔法詠唱者たちを運用する側の視点で高度な魔法教育も受けた、という話だ。
フールーダの操る第六位階魔法は英雄の域すら超えた領域、現実的には並ぶもの無き高みだ。実際、二世紀以上の年月を魔法だけに捧げたフールーダ以外に、表立って第六位階、もしくはそれ以上の領域への到達を証明して見せた人間は存在しない。
もし存在したならフールーダは今頃帝国の首席宮廷魔法使いでは無く、その人物──例え人以外の種族だったとしても──の弟子であっただろう。二百年以上も己の上に立つ存在がいない事を悲嘆する日々を過ごした訳は無い。
第七位階以上の魔法とはそれ程にあり得ないもの──もっと率直に言えば噂だけの存在。現実には存在しないと言い切る者ですら珍しくないお伽噺の英雄譚に登場するものだ。それに、英雄譚の英雄たちですら実際に七位階以上の魔法を行使したかについては謎が多い。
「──しかしそれでも、お願いいたしたく。これらをどうか、世の為人の為に役立てて頂きたいのです。……これらが使い方次第でどういう結果を及ぼすか──私ですら分かる事です。それは避けたい、そんな事は起きて欲しく無いのです」
「──うむ。シノン殿の言う事も最もだ」
──何が出るかと思っていたが、まさかこんな物が飛び出すとは。
当たり障りのない返答をし平静を装いながらも、ジルクニフは重厚な机の上に並んだ四つの品物に視線を走らせた。
本物だろうかという少しの疑い、こうまで手間を掛けて調べればすぐ分かる偽物を出す筈がないという判断、中身の魔法がなんであれこれが帝国の物になればどれだけの可能性が生まれるかという打算が脳裏を高速で走り始めた。
一定の知識を持つだけで実際には魔法を使う事のないジルクニフですらこうなのだ。その道に全てを捧げた魔法詠唱者がこれを目にしたらそれこそ発狂寸前の驚愕を味わう事になるだろう──そう、例えば隣にいる、正に魔法だけに全てを捧げて数百年のフールーダの様に。
──フールーダ。
ぞわっと、特大の悪寒が皇帝の背筋を走った。
そうだ。自分ですらこうなのだ。あのフールーダが、熱狂的な数百年物の渇望を内に秘めた大魔法詠唱者が、こんな代物を前にして平静を保てる訳がない。
横を向くというただそれだけの動作が、加速した主観時間の中でひどくゆっくりに感じる。
──分かっているのか、フールーダ。
目の前の歴史的な逸品たちは、イヨ・シノンがこの大陸に来る以前の冒険で手に入れた物。つまり彼の個人的な所有物だ。
そして、外見通りに子供じみた考え方を持つこの少年の思惑は『手に負えない、しかし死蔵にするには価値のあり過ぎるアイテムを扱い得る力量と良識を持つ者に託す事』である。
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