イヨと三人の騎士の戦い
「では、よろしくお願いしますね」
──実戦に近い振る舞いの下、殺す寸前まで追い詰めて欲しいのでしたよねぇ……?
お辞儀の後踵を返して距離を取ろうとしたイヨ・シノンの背中に、レイナースは愛槍の穂先を真っ直ぐに突き込んだ。実戦なら開始の合図などあろう筈も無いし、背中を見せた敵を慮る事などあり得ないという計算を基に。
アダマンタイトを上回る硬度を誇るという金属で作られた変形する鎧の情報は伝え聞いている。神官戦士であり、魔法による強化無しでの直接的な戦闘能力は同レベル帯の専業戦士に劣るレイナースにとって、それほどの装甲を正面から突き破る事は現実的では無かった。
ならばどうするか。鎧を重装化する前に奇襲すればよい。どんな堅い装甲も身に着けていなければ無意味だ。さほど防御力が高くないと聞く衣服形態を維持している内に急所を貫く。アダマンタイト級冒険者であろうと人間である以上、生身の肉体が魔法金属並みに頑丈である事などあり得ないし、例え常人の何倍も頑丈だったところで死に至る急所を抉れば死ぬ。
バジウッドと比べれば劣るだろう。アダマンタイト級と比べても遅いに違いない。しかしそれでもレイナースの槍捌きは熟練の域であり、強烈な感情で勢いを増したその速度は飛燕といって良いものだった。
イヨ・シノンの背中、その中心に走る背骨の位置に、自分以外の全てを置き去りにしてレイナースは渾身の突きを見舞う──寸前で、爆裂した地面から殺到する土塊と石礫に襲われ、体勢を崩した。
●
スキル【爆裂撃】の長所はどんな攻撃でも対応可能な汎用性である。なんたら脚、なんたら掌という名称を持つスキルはその名の通り蹴り技や掌打でなければ発動しないが、【爆裂撃】は蹴りだろうと突きだろうと、打撃であるならば対応して発動する。
──ならば二足による歩行を地面への蹴りと解釈して【爆裂撃】を発動する事が可能なのではないか。
それは強さを模索する過程でイヨが思いついた使用法であった。実際に人間は足裏で地面に体重を掛けて身体を支え、地を蹴って進んでいるので、試した所成功したのだ。
後は足裏の角度調整によって地面──砂や土、石を爆裂によって意図した方向に吹き飛ばす事が可能となった。従来の目くらましと違う所は歩く動きだけで発動可能な為準備動作が大幅に省略され、相手に察知されにくくなった点だ。より広範囲に土と石の散弾をばら撒くならこの方法が優れていたが、指向性を高め一点を狙うならば地を足で蹴った方が修正が効き、狙いやすい。
イヨは【爆裂撃】の反動を膝で吸収しつつ、三人の騎士の方へと向き直っていた。
「──」
喋る事は無い。実戦であろうと練習であろうと、試合の最中に相手と喋る事など無い。今の行為について言う事もまた、無い。イヨ自身立場が逆なら背後を襲っただろうから。強いて一つ言うなら、レイナースは一人先手を打つのではなく、他の二人と連携して確実にイヨを殺すべきだった。
視界の端、リウルが音も無く離れていく。眼前、ニンブルとバジウッドの二人が問う様な視線を同僚の女性にやりつつ、位置取る──バジウッドがイヨの正面で対峙し、ニンブルと、殺意の籠った目をした土塗れのレイナースがその後ろで並ぶ。
背後からの不意打ちでさえ通じなかったのなら、正面からの拙速など到底無理という判断だ。
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