ハーメルン
ナザリックへと消えた英雄のお話
【銀糸鳥】と【スパエラ】

 騎馬立ちに構え、水の入った樽に掌底を当てる。所謂寸勁など元居た世界の練習ではやった事がない。漫画の真似をして遊んだ事ならあったかもしれない。ロマンというか、カッコいい技だと思う。

「──ッ」

 呼気。

 瞬間、樽の上蓋が木片と化して弾け飛び、詰まった水が円柱状に噴き上げる。樽は無傷だが中身の水は全てたたき出され、重力に従って落下し、周囲に半分飛び散りもう半分が樽に帰還した。

 向き直る。

 其処には台の上に乗った陶器の壺。平行立ちで、揃えた五指の指先を壺の腹に当てる。

「──ッ」

 再び、呼気。

 貫き手がほぼ無音で壺を貫通。引き抜くと、手首の形に添った楕円の穴が壺には空いていて、其処から向こう側の風景が見える。打突箇所以外に傷一つ、罅すら入れる事無く、手指が焼き物を串刺したのだ。破片は全て小指の爪の先より小さく砕け散っている。

 人間を超えた身体能力と技術が可能にした武である。

 これらの現象に、スキルや武技は一切関わっていない。ユグドラシルの格闘系スキルとして存在する方の勁力を用いて打突したなら、水が内側から気化爆裂して樽を木端微塵に吹っ飛ばした筈だ。
 イヨは一時期通常の鍛錬によって職業的に系統の違うスキルを習得できないか試したが、結果は恐らく不可能であろうと判断できるものだった。

 通常の技術の段階までは寸勁発勁粘勁沈墜勁纏勁──なんなら気配で相手に幻を見せる事も出来た。イヨが篠田伊代だった時に学んだ空手の技術体系ではない、マスター・オブ・マーシャルアーツという職業の設定によって保有する武術の知識によって理解して、体得『していた』。だが、それがゲーム的な、魔力的もしくは気功的な作用を必要とするスキルの域に達する事は無かった。短い時間でイヨは体感的に察してしまったのだ、『この道は何処にも繋がっていない』、と。
 どうも通常の鍛錬とは別のトリガーが必要とされている様な気がしてならない。得られたのは徒労感だけだった。

 試しを終え、若き達者──イヨは見物人たちに向き直り、ゆっくりと一礼した。興奮した様な叫び声、呆気にとられた様な呻き、様々な声で周囲が溢れた。

 そんな中、パチパチと拍手の音が響く。埋没してしまいそうな音量でありながら、それを契機として騒音が退いていき、やがてそれだけが取り残された。

「いやー、すごいね。器用な技ね。ただぶっ壊すだけならまだしも、私それ真似できないよ」
「お目汚し、恐縮です」

 イヨはその声の主、そしてその仲間たちに向けてがっしりと頭を下げる。見物人たちにした一礼と比べて丁寧さは遜色ないが、明らかに緊張を滲んだ低頭だった。

 周囲の尊敬と畏怖の視線を一身に集めるその五人こそは帝国冒険者組合の最上位、その二チームの内一チーム。
 それぞれが珍しい職業に就き、変わった能力を持つと言うアダマンタイト級冒険者チーム【銀糸鳥】の五人である。

 一目見ただけで向こう一年忘れられそうにない面子が揃っている。
 吟遊詩人と暗殺者系の男二人はまだしも、禿頭に編み笠錫杖の袈裟姿とボディペイントを施した半裸体、真っ赤な毛並みの猿猴という亜人は、黒山の人だかりの中でも闇夜の松明の如く目立つ存在だろう。

 猿猴の戦士ファン・ロングーに並んで進み出たのは吟遊詩人、チームのまとめ役であるフレイヴァルツ。彼は美しい所作で手を広げると感嘆の吐息を漏らし、

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