頂きに挑む:頂きを打ち据える
「オオオォォオオー!」
「がぁぁああぁっ!」
空を波打たせる音──。両者の中央でぶつかり合い、拡散する波濤が万物を叩く。
自然界の頂点捕食者層、強さこそが全てである野生の世界ですら王を名乗り得る武の巨人が、渾身の威圧を込めて放つ気合い。
そして、王にすら肉薄し追随する人面人身の可憐なる人型──得体の知れない小さな生き物が放つ、精神的打撃力を伴った叫び。精神効果無効であるアンデッドには意味の無かったもの、三十レベルに至った時点で進化していた【喝殺咆哮Ⅱ】。
同レベル以上の相手や精神を防護している相手には基本的に効果の無いそのスキルを、それでも使うのは己を鼓舞する為。遥かに強大な生き物に向けて放つ再度の宣戦布告。
たった二体の生き物が発した大音声の雄叫びに、殺し合いを見るべく闘技場に詰めかけた万倍を超える観客たちが圧され、身を竦ませ、押し黙る。
その一瞬、誰もが観客席という安全圏に座る我が身の境遇を忘れた。視線の先に居る生き物が地位もあれば分別もある闘技場最高最強の戦士、最上位冒険者であるという事実を忘れた。
彼ら彼女らの口を噤ませ、身を震わせたのはたった一つの絶対的な真実──『あれらに敵対すれば自分は死ぬ』という本能的恐怖。強者の暴力から我が身を守る術はないという理屈抜きの確信。
『今此処にいる全員束になったって、あの二頭に敵わない』──か弱き一般市民が本能で感じたその答え。四騎士二名を始めとして多くの高級騎士、上位冒険者、有名ワーカーが詰めかけている今この場において勘定として実際に正しいかはさておき、戦場を知らない大多数の人々にとっては余りに酷い悪寒だった。
イヨのスキル効果範囲外の者まで硬直した──それほどまでに、二者の叫びには純真な闘志と原始的な鬼気が乗っていた。
人間と怪物の戦い──だと、多くの人々は思っていた。
愛想の良い可憐な少女。笑顔があどけなく、小柄で細身、華奢で柔らか。優し気で幼気な雰囲気の最上位冒険者。妖精だが何だかの人ならぬ血を引くという──見た目からは想像もできない戦闘力を秘めるという──そんな触れ込みだった生き物。
いざ戦闘が始まって人々が目にしたのは我が身を鋼に包み込み、巨人と打ち合い、騙し討ちを敢行し、長大な尾を生やし、咆哮で人の精神を脅かす生き物だった。
共に怪物。
大きな怪物と小さな怪物の戦い。
人々の理解は今、目の前の現実に追い付いた。
●
──誰も知らない。誰も見た事がない。竜の尾を持つ人間の戦い方。
長大な尻尾をという第三の支え、重量物を持つ人間の疾走を、突きを、蹴りを、誰も体感した事がない。それら全ては未知の領域、完全に人外の動き。
当然人間のそれではなく、尻尾を持った他の異種族ともなお異なる。故に人外。人の動きでは無く、異種族の動きでも無い。『尻尾という武器を持つ人間』の戦闘。
歴戦の覇者である武王さえも。
イヨの頭上を武王の棍棒が唸りを立てて通過していく。正面から打ち据える筈だったその攻撃が外れたのは、速度を落とさぬまま地に顎が付く寸前まで身体を前傾させる走行姿勢への切り替えが原因だ。
腿が胸にくっつくほど引き寄せられた足が一瞬身体を支え、そしておぞましい程に強く後ろに伸びて地を蹴る。
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