:頂きとお喋りする
「起きたか」
目を開けると其処には上から覗き込む巨大で醜悪な面──それでも瞳の輝きや表情に知性と品格が見て取れる──があった。人間のそれでは無い。トロールだ。
「……おはよう、ございます」
「ああ。無事で何よりだ」
イヨがベッドから上体を起こすと、掛けられていた毛布が滑り落ちた。幸い衣服は簡素で清潔な物が着せられている。
周囲の景色を見るにここは恐らく医務室に当たる場所らしかった。置いてある物は兎も角雰囲気は地球でのそれと大差ない。
「神官と施療師、互いの関係者には席を外してもらった──ああ、俺もお前も死んではいない。治癒が間に合ったそうだ。お前は正直あのまま死んだと思っていたが」
「……私は……前衛系職業のレベル合計が一定以上で自動習得する【タフネス】というスキルを持っていますし、ベアナックル・ファイターの時【頑強】も取っているので……素の私と比べてHPは三割増しで多いんです……怪我だって沢山怪我の練習もしたので慣れてますし……」
「……まだ混乱しているようだな」
ベッドの脇に座り込んだトロール──ゴ・ギンは背を丸めてなるべくイヨと目線を合わせようとしていたが、それでも彼の方がずっと視線は高かった。
流石帝国が誇る闘技場だけあって広々としており天井も高い。それでも武王は頭を気にしつつ移動しなければならないだろうが、逆に言うと彼ほどの巨躯でもその程度の苦労で動き回れる位には空間的に余裕がある。
イヨの魔力の回復具合などからするに、試合が終わってからそれなりに時間が経っていそうである。向かい合って過ごすには長すぎる沈黙が流れたが、一度口火を切ると会話は不思議とスムーズにいった。
「すいません……もうちょっと気を失っていたい気分です」
「奇遇だな、俺も気分は最悪だ」
「でしょうね。勝敗はどうなったんでしょうか? 私たちは続行する気でしたが」
「両者同時に戦闘力を喪失していたという判定で、引き分けになる」
「ああ……興行的に引き分けってどうなんでしょう」
「さあな。大抵の奴は俺の勝利に賭けたと思うが。興味が無いから分からない」
強くなる事以外殆ど関心が無い、と武王は言った。
また少し沈黙が続いたが、不思議と不快では無かった。
「俺の方が先に意識を取り戻した訳だが、今すごく俺の中でホットな話題があってな」
「大抵想像が付きます」
イヨはベッドの上で胡坐をかいた。
「散々策を弄して準備に準備を重ねた上で真っ当に実力不足で勝てなかったどっかの小さな国の一応最上位らしい冒険者の話なんだが」
「強過ぎて敵がいないとか言っときながら油断が理由で格下に勝てなかったなんちゃら王のガだかグだかギみたいな名前のトロールの話もでしょう?」
「他にもある。最後の最後で決めれば勝てた一撃を普通に失敗してただでさえ矮小な身体を地面にばらまく羽目になった貧弱なチビの話もだ」
「なんかすごいカッコいい名前の必殺技を複数回使った末殺し切れずあまつさえ空中の身動き取れない相手にジャストヒット逃して反撃で死に掛けた下手くそなデカブツの話も、と」
二人は凪いだ表情のまま敵対的とも言える言葉を穏やかに交わし合う。誰よりも何よりも己こそがそれを痛感していた。
「不覚でした……まさか最後にやらかすとは。己の未熟を痛感します」
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