ハーメルン
阿礼狂いに生まれた少年のお話
死者の思い

「坊ちゃま、お客人でございます」

 家の財政状況の確認や、当主の認可が必要な外部の家からの協力要請など、信綱が自室で書類相手に四苦八苦していると、年老いた一人の女中が入ってくる。

「わかった。……トメ、いい加減坊ちゃまはやめろ」
「ほほほ、私が死んだら聞くこともなくなりますよ」
「全く……」

 乳母でもあるこの人には今でも頭が上がらない。
 もう良い歳である彼女は火継の家の女中まとめのような役割を果たしており、当主である信綱に伝えるべき情報なども彼女が統括していた。

「誰が来たかは?」
「わかりません。ただ、八雲の使いだとか」

 微かに目を見開く。まず連想されるのは子供時代に一緒に山を歩き、なぜか今でも付き合いが続いている子供っぽい妖猫だ。

「……小さな少女ではないだろうな」
「妙齢の女性と聞きましたが、心当たりでも?」
「……いや、忘れてくれ」

 さすがに橙を人里の使いには出さなかったか。安堵したような、残念なような気分である。
 客室に近づいたところでトメに目配せをする。普段なら伴ったまま行くのだが、相手が八雲の使いと来ては警戒を怠れない。
 信綱の意思を汲みとったのか、無言で下がってくれる彼女に内心で感謝しつつ、信綱は客室に着く。
 部屋を開けると視線の先にいたのは、見慣れたはずの黒髪すら美しく見えてしまうほどの美女だった。

「待たせて済まない。私が火継の当主、信綱になる」

 だったのだが、信綱は特にそれ以上の感想は持たなかった。御阿礼の子じゃないなら眼中にない。

「いえ、私こそ突然の来訪に対応していただき感謝いたします」

 信綱は上座に座り、対面の女性を軽く一瞥する。
 見れば見るほど、尋常ならざる美しさの女性だ。顔立ちはもちろんのこと、身にまとう空気が尋常のそれじゃない。男を惑わす魔性の魅力というのがあるなら、それが当てはまるのだろう。
 という情報をひどく冷静に処理して何かしらの確信を持ったのか、大きくため息をついて口を開く。

「……本題に入ってもらおうか。八雲藍」
「む……どこで気づいた?」

 美女の姿が揺らぐ。波打つ人間の虚像という、どこか生理的な嫌悪感をもたらすそれを眺めていると、いつの間にか九尾を持つ少女へと変わっていた。服装も村娘の服から、マヨヒガで見た道士服に変化している。

「見ればわかる」
「……さすがは火継の当主、といったところか。人間も侮れない」

 消去法と実際に見た印象で橙は真っ先に外れた。残るのは藍、もしくは紫になる。
 紫がからかう可能性も全く考えていなかったわけではないが、彼女のいたずらを見抜ける自信はなかった。
 要するに二分の一まで絞れたので、後は勘で言ってみただけである。
 無論、藍に教える義理はないので黙っておく。勝手に深読みしてもらえるなら大歓迎だ。

「何の用だ。妖怪が人里に来るような事件でもあったか」
「いいや。これは歴代の火継に告げていることで、ある種の定時連絡のようなものだ」
「……定時連絡?」

 訝しげに眉を寄せる。彼女らに教えてもらうようなことが何かあるのだろうか。
 そんな信綱に、藍は特に溜めを作ることもなく実にあっさりとその事実を告げる。

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