ハーメルン
阿礼狂いに生まれた少年のお話
霧に蠢く狂気

 自警団から死者が出たのは、実に数十年ぶりの出来事だった。

「ここに遺体が?」

 信綱が自警団の屯所を訪れると、中にいた者たちからすがるような視線を一斉に投げかけられる。
 平和な時代では腫れ物扱いだったというのに、危険が自身に迫っているとなると現金なものである。

 信綱が目を向けた遺体は荼毘に伏せられ、それでもなお床に血の染みが出来るほどの血溜まりができていた。

「確認しても?」
「ええ、お願いします」

 自警団の班長に請われ、荼毘に近づく。屯所にいる者たちが一斉に顔を背けたことから、遺体の状況が凄惨なものであることは想像に難くなかった。
 軽く黙祷を捧げてから、荼毘を開く。

 そこにあったのは人間の形を留めない、人間だった者の姿だった。

「ふむ……」

 ここまで運んでくるだけでも相当の苦労があっただろう。誰だって半分に裂けた人間の死体を運びたくはない。
 内臓が綺麗に食べられて残っていないのが不幸中の幸いか。
 手足の傷を軽く見ても爪による引っかき傷や、おぞましい怪力で骨だけを露出させられた部分も見受けられた。
 総じて――途方もない苦しみと絶望の中で死んだことが容易に想像できる死に様だ。

 これらの情報を信綱は眉を軽くひそめる程度で受け流し、再び荼毘を伏せる。

「……このこと、家族には」
「まだ伝えてません。どう伝えたら良いのか……」
「……金はこちらが持つ。火葬をして骨だけが見つかったことにして伝えろ。それまでは行方不明……いや、妖怪が目の前で殺して持ち去ったと伝えてくれ」

 ありのままに見せたら精神が崩壊してしまうかもしれない。というより、するだろう。
 ただの事故ならまだしも、これは明らかに弄ばれた可能性が高い。
 残された者の悲哀を考えると、可能な限りの配慮はしておきたかった。

「よろしいんですか?」
「金に関しては問題ない。それにこれをそのまま伝えてみろ。ご家族なら気が触れてもおかしくないぞ」
「そ、そうですか。差し出がましいことを失礼しました!」
「別にいい。ああ、葬儀屋に行くならその足で上白沢様に言伝を頼む」
「言伝ですか?」
「ああ。――緊急の会合を火継の家主導で開く故、人を集めてほしいと」

 信綱が真剣な顔でそう伝えると、まだ年若い自警団員が慌てて駆け出していくのが見えた。
 彼も今の時期に自警団所属など災難なことだ、と内心で彼に同情する。
 そして残された面々からの視線を受けつつ、信綱は彼らへの対応を考えて口を開く。

「明日以降の方針はこれより行われる会合で決めるが、今日のところは外へ通じる門を閉め切り、見回りは里の内部だけに留めてほしい。……このような犠牲が出てしまったことを、里の人間として悔しく思う」
「わ、わかりました! 今すぐに門を閉めます!」
「櫓での見張りも忘れないよう頼む」

 信綱が来るまでは、誰もが凄惨な光景に言葉を失っていた屯所の空気がにわかに力を取り戻す。
 それはやるべきことがまだ残っている騒々しさでもあり、いつまでも死者に拘っていられないという生者の傲慢さでもあった。

「では私は会合に行く。くれぐれも見回りは二人以上で行い、決して単独行動は取らないこと」

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