すれ違った戦い
湖としての規模はそこそこ大きく、霧が晴れて妖精もいなければ良い行楽地になるはずのものだ。
「わかった。別れて進めば妨害の妖怪も減るか」
「そういうことですわ。無論、空を飛ぶ私たちと地を往くあなたたちでは差が出ますが……」
「構わん。異変解決に向かえるだけマシだ」
そう言って、信綱は父を伴って歩き始める。
「――先に行く。父上、遅れないよう」
「わかっている」
地を低く蹴り、飛び跳ねるように動く。およそ人間とは思えない速度を出して、二人は霧の果てに消えていく。
その姿を巫女は驚いた顔で眺め、ポツリとこぼした。
「何あれ、妖怪の血でも混ざってるの?」
「いいえ、正真正銘の人間ですわ」
巫女の疑問に応えるのは紫。再び口元を扇子で隠し、感情の読めない瞳で二人の消えていった方向を睨んでいた。
「…………」
「紫?」
「……いえ、私たちも動きましょうか。あなたも修行は怠ってないでしょうね?」
「当然……って言いたいけど、あんまり実戦はやってないのよね……」
「博麗の巫女たるものが情けない……」
「できないものは仕方ないわよ。人間が襲われない以上、私から妖怪を襲う理由なんてないし」
「わかっていますわ」
紫は巫女が経験を積めていない状況に内心で歯噛みする。
少々平和な時間が長すぎた。妖怪を畏れない状況が妖怪の力を削ぎ、妖怪と戦わなくて良い時間が人間の力を削いでしまった。
しかしだからといって妖怪が人間を襲い、人間が妖怪を倒す従来通りの形にすることはできない。
すでに人妖の比率は妖怪の方に傾いている。個として優秀な妖怪が数の面でも上回っている時点で、人間に勝てる道理などない。
抜本的な改革をする必要がある。でなければ先細り、結果として待つのは共倒れの未来のみ。
この異変が首尾よく終わってもやることが山積みだ、と紫は今後のことに頭を悩ませながら空を飛ぶのであった。
「邪魔」
狼と人間を掛け合わせたような妖怪を一刀で唐竹割りにし、さらに首へ刃を奔らせる。
一瞬で四つの肉片となった狼男――西洋ではライカンスロープとも呼ばれる妖怪を瞬殺した信綱は、後ろの信義に視線を向ける。
「倒しました。行きましょう」
「わかった。……火継の誰よりも強い、という言葉では足りぬなこれは」
今の妖怪は中級の妖怪並に力強く、速かった。信義なら一対一で互角かやや危ういと言ったもの。勝てたとしても重傷は避けられない。
それを苦もなく殺しきった。これといった準備もなく、心構えもせずに討ち倒す。もはや人間業ではない。
「数の多い」
先頭を走る信綱は湖の岸から這い上がってくる醜悪な半魚人たちに舌打ち。
信綱にしてみれば雑魚以外の何ものでもないのだが、数が集まればだいたいどんな生物も鬱陶しくなるのは変わらない。
「迂回して森を移動しましょう。最短の道は消耗が無視できない」
「私を使って進むというのは?」
「ここを抜けたら目的地、なら考えました」
言いながらも足は止めない。一振りで群がってくる半魚人の首を軒並み落とし、返す刃で胴体を断ち切る。
再生することなく、腐った魚のような悪臭を放ちながら泡に消えていく半魚人。
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