人里でのとある一幕
「…………」
阿七の例え話を聞いて初めて腑に落ちる。信綱もこの役目を誰かに譲ろうとすることはあり得ないだろう。自分以上に強い存在がいたとしても、御阿礼の子のためなら喜んで死ぬ精神を持っていなければ。
「……なんとなく、わかりました。ぼくは勘助の気持ちを無意味にするところだった」
「わかればよろしい」
阿七は輝くような笑顔を見せ、信綱の頭を撫でる。また弟扱いされているのだが、その笑顔が見られただけで信綱の心は幸福感で満たされていた。
「……私が怒ったのは、ノブ君にそんな人間になってほしくないから。簡単に解決できる方法があるからって、いつだってそれが正しいとは限らないの」
真摯な瞳で語られる言葉に、信綱は神妙に頷く。
どうやら自分はまだまだ未熟らしい。いくら腕が立とうとも、阿七の側仕えとして相応しい精神を持つようにしなければ。
「……わかりました。肝に銘じておきます」
「よく出来ました。じゃあ、そろそろ帰りましょうか」
「はい。お伴します」
そう言って、再び来た道を歩き出す。今日の教えは一生忘れないほど深く、信綱の心に刻まれたのであった。
阿七が信綱を叱った背景にあったものを知るのは、それからしばらく経ってのことだった。
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