ハーメルン
阿礼狂いに生まれた少年のお話
天狗の事情と阿弥の悩み

 信綱が自分に群がってくる天狗を相手に大暴れをしている頃、天魔と文は共存派の指揮を取りながら話し合っていた。

「申し訳ありません、あの二人を見失ってしまい……」
「過ぎたことを言っても始まらん。それにあの男は生き残るだけなら容易にこなすだろうさ。今さら並の天狗が束になっても傷一つ付けられん」
「それは過大評価なんじゃ……」
「ん、そうか。お前は気づいてなかったか」

 文の前で見せた信綱の武芸は天狗を無力化したことだけ。
 あの手並みには凄まじいものがあるが、それだけだ。霊力の扱いも素人っぽい彼がそこまでやるとは思えなかった。
 しかしそれを天魔は否定する。

「あの時、奴は一瞬だけオレに殺意を向けた。まあ向こうからすりゃ信用できないのはオレも支配派も大差ないだろうし、天狗が入ってきた瞬間にどっちを狙うかなんてわからんしな」

 本当に一瞬だったため、天魔も最初は襲撃してきた天狗の殺気だと勘違いしてしまったほどだ。
 だが、天魔でさえ体内の妖力を溜めて咄嗟の守りを考えるほどの殺意を放つ存在など、天狗の中にはほとんどいない。長い付き合いだけあって、そんな殺意が出せる相手は全て顔も名前も覚えている。
 つまり、あの殺意が出せる存在に当てはまるのは信綱しかいないわけで。
 その時に確信したのだ。この男こそ歴史が選んだ人間の英雄なのだ、と。それまでは概ね信じていたが、どこか迷うところがあった。

「オレが守りを考えたのは久しぶりだ。あんな殺意が出せて実戦で弱いなんて見たことねえ。まあ、死んだら死んだで使い道もあるが……」

 生きててもらった方が高い利用価値がある。死人の価値は存外に早く劣化するのだ。
 それに天魔も天狗の端くれ。強い人間には興味があるし、叶うならその武技を味わってみたいとも思う。
 天狗の長が何をと言うかもしれないが、ある種妖怪の性なのだこれは。
 その点で言うと、そういった性を持たない妖怪こそ今後の幻想郷に必要とされるのかもしれない。
 あの人間に対しても普通に付き合い、普通に仲良くなっていける、そんな存在が。

「……文、自分の失態だと思っているなら武者働きで返せ。お前さんは昔っから捉えどころがないように振る舞おうとして失敗するんだ。いい加減学べ」
「う、うるさいですよ! 良いじゃないですか格好良いんですから!!」
「失敗してりゃ世話ないっての。良いから行って来い。んで、あの二人を探すのも並行しろ」
「わかりました。見つけたらどうしましょう?」

 向こうが気づいている情報次第になる。文から信綱たちだけを狙った天狗がいたことは聞いているので、支配派の大天狗が信綱に私怨を向けているのはすぐにわかった。
 問題はそれを信綱が理解しているかだ。御阿礼の子が眠っている時に話した印象から見れば、決して頭が悪いとは思えないが、自分たちを狙う天狗の存在だけでそこまで読み取れるとは思わない。純粋に持っている情報量が違う。

「……向こうの意向に従え。逃げるんなら助力、戦うにしても助力。向こうもオレたちに対する信用はないだろうし、行動で示してこい」
「はいはい! では、最速の天狗の足をお見せしちゃいますよー!!」

 そう言ってあっという間に天魔の視界から消えていく。その速度だけは相変わらず目を見張るものがある。
 あの白くて綺麗な足に負けない要領の良さがあればとしみじみ思う天魔。根っこの部分が常識的と言うか、真面目だから妙なところで失敗したり、変に気に病むのだ。

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