ハーメルン
貴方にキスの花束を――
Re.Beyond Darkness 7.『戻る"困難な"日常~"difficulty"Love color~』

38


暗闇の中、一人の少女が泣いていた。まわりに誰もおらず……静寂ばかりが広がっている。

嗚咽を零してしゃがみこみ、泣き濡れる少女。その頭に一枚、葉が舞い落ちる。

少女が振り向くと其処には青い鬼が立っていた。おどろおどろしい外見。手に持つ棘付きの棍棒。でも本当はやさしいイイ鬼であることを少女は知っている。自分の身を他人の為に―――大切な者の為に傷つける事ができる。そのことを少女は誰より知っている。力は決して強くないが、その心は何よりも誰よりも強く気高い。強く眩しく、清らかな光。

――――光が広がって――――


「…アキト」

ヤミが目を開けると秋人が顔を覗き込んでいた。

「おう、目が醒めたか」
「…ハイ」

黒いツンツンとした頭を見ながら、んっとベッドから半身を起こすヤミ。直ぐ側のベンチに座る秋人の全体像を捉え、少しだけすまなそうに目を伏せる。
すぅ…すぅ…、と秋人の肩に寄りかかり眠る姉、春菜を視界に収めたからだ。家から急いで来たのだろう、いつものエプロン姿。手にはヤミ専用のピンクのお弁当箱…

「ヤミの分の晩飯だとよ」

ヤミの視線から先回りして応える秋人は、優しい眼差しで身を預ける春菜の前髪を耳にかけ直している。安心しきった様子で眠る春菜の寝顔…。春菜にとって心から安らぐ場所は秋人の傍…安心して眠ることの無いヤミにもそう思える程に安らかな寝顔だった。

「アキトはもう食事はすませたのですか?」

はぁ、と溜息をつき顎で部屋の隅をさす秋人、そこには大きな男用、秋人専用の弁当箱と春菜専用の弁当箱が並んでいた。家族揃っての夕食を最優先事項とする春菜はヤミと秋人が食事をとっていない内は、どれだけお腹がすいても食べない。だから今も食事を取っていないはずであった。自身がどれだけの時間、眠りについていたのか定かではないが、とうに夕食の時間は過ぎていることだけは確信できるヤミは"家族"の団欒を急ごうとする。

「…では食事に…――――はまだ早いですね」
ヤミに向けてゆっくり首を横に振る秋人。もう少し寝かせてやれ、とのサインだ。

「こういう時にテンパらなかったところは流石だったけどな、普段からそうだったら俺も苦労せずにもっとラクできんのによ」

やれやれ、と肩をすくめ悪態をつく秋人。しかし春菜の頭がずれ落ちないよう、しっかり腰を抱き支えてやっていた。そんな秋人にヤミは冷ややかな視線を刺し向ける。

「…普段から苦労しているのは春菜の方でしょう…それに落ち着きがなくなるのは大抵アキト、貴方の事がらみですよ」
「そうか?」
心底意外そうな顔をする秋人
「…そうですよ」
ジト…と睨むヤミ――――その鈍く重い視線は、白々しい…と語っていた。

「まぁそこにヤミの事も最近は追加された気がするけどな」
むっと片眉を上げるヤミ、その台詞に一理あると思っていたので言い返すことが出来ないようだ。

………少しの静寂が狭い病室を包む

「…暇になりましたね」
「もうちょい寝てりゃいいだろ、俺は春菜にイタズラでもしとく」
ふっと溜息をつく秋人に先に釘を刺す
「…えっちぃのはきらいです」
「まだえっちぃ事はしてませんにょ」
ホホホといやらしい笑い

[9]前話 [1]次 最初 最後 [5]目次 [3]栞
現在:1/8

[6]トップ/[8]マイページ
小説検索/ランキング
利用規約/FAQ/運営情報
取扱説明書/プライバシーポリシー
※下部メニューはPC版へのリンク
携帯アクセス解析