ハーメルン
堕ちた勇者は彼の地にて
第13話 邂逅

「異常なーし。あー、めんどくせぇなぁ」
 
 ひんやりとした夜の空気と穏やかな静けさに包まれたカバキ砦。砦と言っても、其処はとうの昔に打ち捨てられた廃墟であり、付近の村の住人も滅多に近寄ることはない。……故に、犯罪を犯した者が身を隠すには絶好の場所であった。
 
「何で俺が見回りなんか……大体、女共を攫ったのは今朝だぜ? まだ誰も勘付いちゃいねーだろうが」

 悪態を吐きながら薄暗い通路を歩いているのは、粗暴な見た目の若い男だ。鎖帷子の上に皮の鎧を着込み、腰には嵐の紋様の刻まれた剣――バリハルト神殿の戦士に支給される長剣――を差している。

「けっ! ボスも人使いが荒いんだよ。その癖、いつも自分が一番イイ思いをしてやがる」

 冷たい石の床を乱暴に踏み鳴らしながら男は寂れた砦内を歩き回る。
 壁には窓の一つも無く、等間隔で設置された照明が代わりに通路を照らしているが、外が見えない為にどうしても圧迫感を感じてしまう。さっさと面倒事を終わらせてしまおうと、自然と男の歩調は速くなっていた。

 空っぽな倉庫、蜘蛛の巣だらけの食堂、埃の積もった訓練所。
 いつ見ても辛気臭い根城が余計に男を苛立たせる。だが、一階から二階へと上がった途端、険しかった男の顔が喜悦に染まる。 
 
「へ、こうなったら勝手に愉しませてもらうぜ」

 口端を歪めていやらしく笑う男。軽やかな足取りが向かう先は、かつてこの砦がその機能を十全に発揮していた時代に、捕虜を捕らえておく為の『牢屋』として使用されていた部屋であり――現在では、男達が攫ってきたスティンルーラの娘達を監禁している部屋だった。

「交代の時間にはまだ早いが、まぁ後で酒の一つでも持っていってやりゃあ大丈夫だろ」    
  
 つい先ほどまで抱いていた不満は何処へ行ったのか、既に男の頭の中は別の考えで埋まっている。 
 若い娘を攫うような、ましてや無人の廃墟にその娘達を閉じ込めるような人間が真っ当である訳がない。故に、顔をにやつかせた男が頭に思い描いている内容も、きっと碌でもないものだろう。

(あの勝気そうな女を服従させてやろうか? いや、それともあの気弱な女を壊れるまで……ん?)
 
 欲望の赴くままに足を動かそうとしたその時、目的の部屋から誰かが出てくるのを男は見た。
 薄暗くて顔はよく分からないが、こんな場所を平気で出歩いているということは仲間の一人に違いない。そう考えた男は逸る気持ちを抑え、影のように静かに近付いて来るその人物に親しげに声を掛けた。

「よう、調子はどうだ兄弟。下の方は絶好調ってか? はははっ!」
「…………」
「……ちっ、なんだ無視かよ? 感じのわブッ」
 
 最後まで言い切る前に、男の口に硬いものが捻じ込まれる。照明の光に反射し、鈍い銀色の輝きを放つそれに刻まれているのは、嵐を意味する特徴的な紋様。男は目を見開いたまま仰向けに倒れると、それきり動かなくなった。
 
「……調子か。そうだな、最悪だ」

 気付けば、倒れ伏した男を黒い外套を纏った人物が見下ろしていた。
 外套のフードで顔を隠したその人物は物言わぬ屍となった男に返事を返し、暗闇に閉ざされた通路の奥へと歩き出す。その際に黒い人物の手から中身の無い鞘が滑り落ちた。
   
「悪戯に命を奪うまいと考えていたが…………駄目だ。お前達全員、揃いも揃ってどうしようもない」

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