もしもボーダー隊員がTSしたら その伍
好きだ。
男性が女性に対して、その言葉を用いる場面は限られる。
だからこそ、如月龍神の発した「好きだ」という言葉を聞いた、彼女の反応は劇的だった。
「す……っ!?」
三輪の表情が固まる。数秒の間を置いて、血色が薄かった白い肌に朱色が差す。
「き、貴様っ……なにを馬鹿なことを……いや、お前は元々馬鹿だったな! どうせ、わたしをからかって……」
「勘違いするな」
バァン!
龍神の右腕が、三輪の背後の壁を叩く。まるでグラスホッパーで間合いを詰めてくるスピード型攻撃手のように。一瞬で詰まったその距離に、三輪の瞳は一杯に見開かれた。
「俺は……嘘は言わない」
―――壁ドン。
それは、恋愛におけるリーサルウェポン。女性に対して男性(ただしイケメンに限る)が使用できる、禁断の最終兵器。一瞬で詰まる距離感、鏡のように己が写る瞳、かかる吐息、囁く声。それら諸要素によって、女性を一瞬で胸キュンさせる、まあ、要するにイケメンにしか使いこなすことができないアレである。
如月龍神の顔面偏差値は、小南桐絵風に言えば『そこそこまあまあ』の部類に入る。小南の顔面基準が従兄弟である嵐山の『全力でまあまあ』であることを鑑みれば、B級中位のエースを張れる程度には優秀であると言えよう。
そんな龍神が、無意識の内に三輪に対して放った全力の『壁ドン』。その不意を突く奇襲性と瞬間の身のこなしは、三輪の敵意を一瞬で削ぐのに充分過ぎるものだった。
「……っ!」
が、それはそれ。
近界民絶対許さない系JKである彼女にとって、龍神の行動はたしかに虚を突かれるものではあったが……それでも、目の前の厨二に壁ドン一発で落とされるほど、三輪の心のシールドは薄くなかった。
「ふざけるな! わたしをからかって、そんなにおもしろいか!? いい加減に……」
「本気だと、言っている」
が、龍神も伊達に攻撃手としての経験を積んできたわけではない。
左手が動いたのは、思考ではなく本能だった。龍神の左手が、三輪の背後の壁を叩く。完全に、退路を封じる。
―――ツイン壁ダァン。
それは、恋愛におけるアルティメットリーサルウェポン。片手で行う通常の『壁ドン』に対し、さらにもう片方の手を用いることによって両手で壁をドンする、言うなれば『壁ドン』の両攻撃。それが『ツイン壁ダァン』である。
通常の『壁ドン』がイーグレット一発程度の破壊力を有するのに対し、この『ツイン壁ダァン』は佐鳥のツイン狙撃並みの攻撃力を有する。要するに、威力的にそこまでの変化はなく、つまりあんまり変わらない。しかし、相手の退路を完全に断つ『ツイン壁ダァン』は、見方を変えれば自身の退路をも絶っていることと同義である。撃つからには必ず当ててやる。使用者には、そんな覚悟が求められる。
「き、如月……お前……」
マフラーにうずもれていても明らかに分かるほどに、朱色が頬から耳の先まで広がっていく。セーラー服のカーディガン。その袖先から覗く細い指先が、困ったように宙をかき、真珠を落とし込んだような黒の瞳も、やはり助けを求めて宙を泳ぐ。
「三輪。復讐に囚われたお前の気持ちを、俺は理解することができない」
「と、当然だ……貴様などに、貴様などにっ、わたしの何がわかる!?」
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