四話 変化
異常が発生したのは、二学期最初の日だ。
「……はやてはまだ寝ているのか?」
7時になり、朝食を摂るため八神邸を訪れる。インターホンを鳴らしても出てこなかったため、彼女から持たされた合鍵を使って中に入る。
しかしリビングにもキッチンにもはやての姿はなく、寝坊をしているのかと思い彼女の寝室へと歩を進める。
そして彼女の部屋の扉を開け――最初に目に飛び込んできたのは、床に倒れているはやての姿だった。
「……は?」
「あ、ミコちゃん……」
一瞬、何が起きているのか分からなかった。松葉杖はあらぬ方向に倒れており、まるで起き上がるのに失敗して転んだかのようである。
はやての顔は、何処か苦しげな笑み。何かがあったのだと直感するのに十分すぎる判断材料だ。
「あはは……なんや、足がちっとも動かんようになってしまったわ」
「ッ、……全く動けないのか?」
想像の中の一つにあった答えを言われ、何故か一瞬動揺してしまった。だがそれもわずかな時間のことで、オレはすぐに状況理解を始めた。
「うん。あ、這いずってとかなら移動できるんやけどな。松葉杖で立つのは、もう無理みたいや」
「何度かチャレンジしたのか。……腕を見せてみろ」
寝間着の袖をまくり見てみると、何度も床に打ち付けたのだろう、青あざが出来ていた。放っておけば治る程度で一安心だ。
……なんだ、さっきから。心がざわついて落ち着かない。そんなことをしている暇があるなら、他にやるべきことがあるだろう。
「服は着替えられるか?」
「えーっと……ベッドに座らせてもらえれば、何とかなると思うわ」
「そうか。よっ、と……」
はやての両脇に手を差し込み、体を起こす。そしてベッドの端に腰掛けさせた。
箪笥から適当に服とスカート、靴下を取り出し、そばに置く。
「異常があるのは足だけだな?」
「うん。足が全く動かなくなっただけで、他は何ともないわ」
「分かった。それじゃあ9時になったら病院に行くぞ。学校には休みの連絡を入れておく」
「ミコちゃんはどうするん?」
「オレも付き添う。今のはやてを一人にはできんだろう」
「そんな、悪いわ。一人でも病院行けるから……」
「今は学校よりもはやての検査の方が優先度が高い。病人が文句を垂れるな」
「病人ちゃうし……」というはやての異論を無視し、オレは部屋を出た。学校への連絡と、ミツ子さんへの報告のためだ。オレが欠席の連絡を入れたら、形式上の保護者であるミツ子さんには確認の電話が飛ぶだろう。
あとは、病院に行く前に朝食を摂らなければ。元々はそのために来たのだ。はやては寝室から動けないだろうから、向こうで食べられるものがいいか。
やるべきことを頭の中でまとめながら、いまだざわざわと波を立てる心を無視した。
9時になると同時、海鳴総合病院に連絡を入れる。はやての主治医であるという石田幸恵(いしださちえ)医師と話がつき、即時の診察予約を入れることが出来た。
タクシーを呼び(オレがはやてを病院まで運ぶことは出来なかったため、勿体ないが仕方なかった)病院へと行く。子供だけでタクシーを利用することに、運転手は懐疑的な目を向けてきた。知ったことではない。
生まれてこの方風邪一つ引いたことのないオレは、病院を利用するのは初めてだ。建物の規模から考えて大きな病院なのだと思う。
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