ジャストライクユー!
もし人格というものが一度のミスもなく続けられた一連の演技だとすれば、性癖は役者を飾る衣装やアクセサリーに類するところがあって、仮に演技が一流ですばらしいものであったとしても、衣装がみすぼらしかったり、役者や演劇に合っていなければケチがつけられてしまう。
おれが性癖をカミングアウトすると人格まで否定されるのは、第一印象が良すぎるために各人が勝手に連想するイメージと乖離しているからなのだろう。
同年代の京や大和はともかく、人生の先達にまで引かれるのは、少し心外だった。
「お前、その顔その歳でその性癖って前世でなにやらかしたんだ?」
胡散臭い見てくれで痩身の、くたびれたスーツを着込んだ中年教師・宇佐美巨人はおれの性癖を知ると難しい顔をして眉根に力を入れた。
大和に面白い先生がいる、と言われてついていった第二作茶道室で寝っ転がっていたのがこの人間学とかいう哲学的な授業名のわりにリアルな題材を取り上げる、うだつの上がらなさそうな教師だった。
生徒からの愛称はヒゲ。蔑称もヒゲ。特徴もヒゲ。ダンディズムを微塵も感じさせない申し訳程度に伸びたあごひげが彼のトレードマークである。
ひょろひょろで何とも頼りがいがないが、体は締まっていて動作に我流の洗練された光るものがあった。意外と修羅場をくぐっているのかもしれない。大和の言う通り、彼の話は含蓄があって面白い。
爛れた青春を過ごしていそうな中年オヤジは、やれやれとでも言いたげなため息をついて語りだした。
「マゾっ気がある、リードされるのが好きとかならまだ分かるが、中坊の時点で万能ハードマゾを自覚するって人としてどうよ?」
「奉仕系も苦痛系も羞恥系も何でもいけます」
「いや、おじさんにアピールされても」
ヒゲは珍しく困惑していた。ヒゲはあごひげを撫でて、遠くを見つめながらまた嘆息した。
「おじさんが三河の顔だったら人生楽しくて仕方なかっただろうなぁ。葵みたく手当たり次第若いコ食い漁って、大学まで遊び呆けて卒業間近に金持ちの女たらしこんで逆玉で今頃ウハウハだったろうぜ」
「逆玉婚、格差婚は男の尊厳捨てなきゃダメらしいけど」
「おじさん、そんなもの端から捨ててるから」
ヒゲは誇らしく情けないことを宣う。おれはそのどや顔にイラっとしてきつい声で言った。
「ねえ、なんか面白い話してよ」
「三河、それ女から振られて一番困る無茶ぶりだからな? 特に関西人と芸人にプライベートで言うとブチ切れられるから気をつけろよ」
貫禄の経験談を忠告しつつ、ヒゲは澄ました態度で、「ま、おじさん大人だからしてやるよ」と話し始めた。
「おじさん、これでも昔は三股とかしてたプレイボーイだったんだが、素人だけじゃなくてプロ、俗に言う風俗も足繁く通う下半身の持ち主でもあったんだぜ? 今じゃ見る影もないが」
「千なら持続力も回復力も全盛期に戻せるよ」
「マジかよ。おじさん頑張っちゃう」
誰も治すと言ってないのにヒゲは張り切り始めた。授業中でも気づけば勃起しているおれにはわからないが、中年の下半身事情はかなり切実らしい。
このあいだ九鬼英雄を安請け合いで治療したのがじじいにバレて、世界中の人間を救うつもりでもないなら気安く力を使うなと御叱りを受けたばかりなので、少なくとも学校では使いたくないんだけれど。
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