番外編:せんのらんしん
小学生の活力に満ち溢れていた時代に、好奇心から初めて作った料理が、母の手料理よりも美味しかったことが子供心にひどくショックだった。本人は覚えていないけれども、これが進んで動こうとしない遠因になった。
千はその聡明さ故に、常に思考していると思われていたが、実際は何も考えていなかった。
後手に回っても能力の高さで全て対処できたから、事前に細やかな策を練る必要がなかった。
千はこれまでに積極的に、主体性を持って動いたことが何度かあったが、全て失敗に終わっていた。
百代にオナニーがバレて引っ越そうとしたとき、百代の求めに応じようとしたとき、そして今回の告白……
千は受け身なら冷静に物事を捉えて対処できるが、自分から動くときは後先考えずに我欲に流されるため、悉く失敗した。単純に女が絡むと弱いのかもしれなかった。
ともあれ、世俗的でいながら傑出した、超常現象が人の形を象っているような百代、鉄心らと同一視される千が、唯一と言って良いほど執着したのが性欲と(本人は否定するが)恋愛感情なのである。
長年続けた武道で挫折しても、自信は失ったが落ち込んだりはしなかった。今回は男としての自信を失ったばかりか、胸に穴が空いたかのような喪失感と、もう先が見えない、未来が失われたと錯覚する不安まで湧き上がって心を苛んだ。
というか気が付いたら泣いていた自分の情けなさにますます涙が出てきて、千は闇堕ちする寸前だった。たかが失恋程度でダークサイドに堕ちかけるメンタルは、要は自分を否定されることを厭う甘ったれた性分に由来しており、一方で幼少期に見た持たざる人の乞食ぶりに端を発する人間不信が、褒められるなどして肯定されても全く嬉しくない捻くれた性格に育った原因である。
その捻くれた性格は、三日三晩落ち込んだ末にこんな結論を出した。
「恋愛してる奴らはキモい」
正直色ボケした姉さんはキモいし、京も慣れたけどキモいし、ガクトは言わずもがなキモいし、おれにアピールしてくる女子もキモいし、年がら年中発情しているおれもキモい。
恋愛なんぞに現を抜かしているから、いい年してメールで『おはよー!チュッ(笑)』なんて送っちゃうおめでたい頭になってしまうのだ。
おれはああなりたくはない。やはり男女関係は互いの性欲解消だけを念頭に置いた付き合いにすべきなのだ。恋なんてするから人は傷つくし、熱に浮かされてバカみたいな行為をして社会的な地位を失う。
おれは二度としないぞ。いや、別に恋とかしたことないけど戒めとして改めて誓う。
もう絶対に恋なんてしない――! 絶対にしてやらないからな!!
*
……などと千が決意を固めているころ、秘密基地では学校帰りの百代と京が二人きりで時間を潰していた。
京が文庫本をパラパラとめくっていると、百代が悩ましげにため息をついて言う。
「京、千にはエロい姉ちゃんみたいな小悪魔めいたところがあると思わないか?」
「そうだね(どこが?)」
京は京に罵られて興奮する情けない千を思い浮かべて、気のない返事をした。恋する乙女は盲目なのだろう。ずいぶん長いこと片思いしている同士として百代に相槌を打つ。
百代は同意されて気を良くし、饒舌に語りだした。
「京もわかるか? あいつは悪い男だぞー。キスは好きにさせてくれるのに、その先は絶対に許してくれないんだよ。つれないよなぁ」
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