番外編:せんのなつやすみ
三河千は里帰りの身支度をしていた。中学最後の夏休み。お盆休みの帰省を前にして、彼の姉を自称する川神百代のスキンシップは以前にも増して激しくなった。
「川神流・姉絡みぃ」
衣類をボストンバッグに詰めている千の背後から四肢を絡みつかせ、百代が密着する。夏である。薄着である。百代である。巨乳である。薄布二枚だけの隔たりを介して、千の背中に豊満な胸が押し当てられていた。
まだ朝の日が昇ったばかりだというのに、その日は素晴らしく熱かった。真夏の熱気と湿気で茹だるような室内で二人の熱が触れ合う。じわりと汗ばんだ千の左腕を同じく汗がにじんだ百代の手がとらえた。百代の右手は千の胸を這い、探し当てた乳首をもてあそんでいた。
……障子の向こう側では、蝉の一団が、短い成虫の命を燃やして大合唱を奏でていた。
蝉が鳴くのはオスだけである。鳴く理由は、メスに見つけやすいようにするため。それだけである。蝉の成虫は生殖をおこなうためだけに存在する。つまり彼らは発情しているのだ。
総じて、蝉の鳴き声は思春期の少年が、『彼女欲しいなー!』と全力で叫んでいるのと同義なのである。恥ずかしくないのだろうか。
蝉が鳴く。百代に絡みつかれた千の股間も泣く。絡みついた百代の股間も泣いていた。登場人物全員が発情していた。
「姉さん、あとでかまってあげるから少し離れて……」
「えー。やだよ。おまえ今から帰っちゃうじゃないか」
百代は拗ねて唇を尖らせた。密着して熱がこもる千の背中が汗をかいた。
千が焦っているのには理由があった。なぜなら、今日、進学するために上京した実姉の帰郷に伴って実家に帰ることを忘れていたからだ。
忘れた原因は、姉にその旨を告げられてから今日までに、風間ファミリーと旅行に行ったり、夏休みの宿題を全くやっていなかったワン子が泣きついてきたり、百代の暇つぶしに付き合ったり、キャップと一緒にバイトしたり、ガクトのナンパに付き合ったり、百代に一日中付き纏われたり、大和とモロと買い物に行ったり、京と書店荒らしに行ったり、百代の遊びに付き合ったりして遊び倒していたからである。紛うことなき自業自得だった。
里帰りを完全に忘却の彼方に追いやっていた千であるが、当日の早朝に姉から電話がきて、ようやく思い出した。手当たり次第バッグに荷物を詰め込んでいた千。そこに暇をもてあました百代がやってきた。
百代は千に甘えたかった。だが千は相手にしない。あろうことか実家に帰ってしまう。
窮地に陥った単純一途な百代は、一石二鳥の手段をひらめいた。全身を委ねて千に密着すれば、千に甘えることも身支度の妨害もできる。これで千が新幹線に乗り遅れれば千はいなくならない、千が欲情して百代を襲えばなおよし。百代はそう考えた。百代はアホだった。
「千……このまま、お姉ちゃんとだらだら怠惰な夏休みを過ごさないか?」
熱っぽい吐息を耳に吹きかけ、淫靡にささやいた。千は胸が熱くなり、背筋がぞくぞくし、もっと乳首を思いっきりつねって欲しかったが、それらを寸でのところで飲み込んで嘆息した。
上半身にまとわりつく百代の腕をほどくと、手首を掴み、縄跳びの要領で百代を大道芸のように自分の前に移動させた。
「お?」
ストンと尻から着地して千に背後をとられた百代は、虚をつかれたが、千がかまってくれることを期待して口角をつり上げた。が、千が後ろから抱き着くという予想外の行動をとってきたために全身が硬直して何も考えられなくなった。
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