ハーメルン
ハイスクールD³
覚醒、思惑

 新たに使えるようになった能力を存分に使い切ったシンは、目の前に広がる氷の世界を前にして、足をもつれさせその場で転倒しそうになった。あの氷の息を吹き出している最中、ずっと体力が削られていくような感覚を覚え、吐き切った後には体全体に錘を吊るされたかのような疲労のみが残る。それが自分でも完全に把握していない力に払った代償であった。
 地に倒れるかと思えたシンの体が途中で止まる。木場が倒れていくシンの腕を掴み、転倒を防いだからであった。細い腕からは想像出来ない力強さでシンの体を引き上げようとする。シンもそれを見て、いつまでも支えて貰う訳にもいかず、力の入りきらない足に鞭打って無理矢理立つ。

「大丈夫かい?」
「ああ……」

 木場の気遣う声を聞き、最近の自分はこのようなことばかりをしていると改めて思い、この戦いが終わったら本格的に体力を付けようと、このとき心に誓った。

「それにしても凄いね、間薙くん。さっきのは悪魔よりも悪魔らしかったよ」

 そう賞する木場たちの目には氷が張っている床や霜の付いた壁、その床の上ではシンたちに襲いかかろうとした神父たちが氷漬けとなって倒れている。だれもが血の通いが少ない青白い顔色をし、寒さを耐えるように体を激しく震わせ、救いを求めるような呻き声を出している。一応は生きているらしいが、誰もが立ち上がるほどの体力は残っていない様子であった。ほんの十数秒程の冷気に当てられていただけでこのような状態なら、自らの放った先程の氷の息には凍結だけではなく、体温を急激に奪う効果もあったのかもしれない。

「怪獣みたいでした……」
「いつもよりも悪魔らしかったよ!」

 木場も小猫もピクシーもシンのことを褒めているのだが、言葉が言葉なだけに素直に喜べない。

「……褒め言葉として受け取っておくよ」

 とりあえずは皆の賞賛をそのように返し、地下室一帯を見回す。神父は全員倒したことが確認できたが、肝心の人物の姿が見当たらない。

「塔城」

 小猫の名を呼ぶシン。シンの意図を察して小猫はすぐに行動に移る。

「……あの女の人の匂いはこの部屋からもうしません」

 数秒後に返ってきた答えがそれであった。この場に居続けることに危機感でも覚えて去って行ったのかと木場たちは考えた。
 このときシンは珍しくその場の誰もが苛立っていると分かるほど、腹立たしげに舌打ちをした。その苛立ちは逃げたレイナーレに対してだけではなく、自信満々に力を皆の前で使い、その機に乗じられてまんまと敵に逃げる機会を与えてしまった自分の間抜けさにもあった。敵を倒すことは倒したが肝心の頭を潰さなければ意味がないし、そして一瞬でも全て一人で片づけようと心の隅で思った自分の過信に嫌気が差す。
 そんな自己嫌悪に陥っている最中、誰かが肩に手を置き、袖を引っ張り、頬を掴んだ。考えるのを止めて、それが誰なのかを確かめると、木場がシンの肩に手を置き、小猫が袖を引っ張り、ピクシーがシンの頬を掴んでいた。

「敵はもういないのに肩に力が入っているよ? 間薙くん」

 剣を納めた木場が、いつもの爽やかな笑顔で窘める。

「……間薙先輩。顔が怖いです」

 袖を掴む小猫。その表情はいつもの無表情では無く、相手を気遣う色が浮かんでいた。

「そーそー。その顔似合わないよ?」

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