第14話 「月の小径 ①」
脚が棒のようだとまでは言わないが、さすがに休みたいなと月見は思う。思い返せば、今日は異常なくらいによく動いた日だった。人間が安全に生活できる唯一の理想郷である人里は、間もなく夜の帳に包まれようとしていた。
さすがにもうなにも起こらないだろう、と思っていた。主だった活動をやめて家に戻る人間たちと一緒に、宿を借りて、ゆっくり明日に備えようと。
そう思って訪れた人里の中心で、けれど、月見は。
「――頼む! お願いだから力を貸してくれ、この通りだ!」
周囲を人だかりに囲まれ、投げ掛けられるのは助けを求める悲痛な叫び。
今日という日は、まだ終わらない。
夜が落ちつつある幻想郷で、もう少しの間だけ、月見は動く。
○
霧雨魔法店を去り、魔法の森を抜けると、月見は広がった平野の先に集落を望んだ。日は間もなく、山々の中にその体を完全に沈めようとしている。霧雨魔法店では思わぬ寄り道をしてしまったが、これならなんとか間に合いそうだった。
向かって左には魔理沙から教えられた『香霖堂』なる古道具屋があったが、これ以上寄り道をする余裕はさすがになかった。こんな辺鄙な場所に立つ古道具屋がどんな店なのかは、また次の機会に確かめるとして、月見は速やかに人里に向けて歩き出した。
そうしながら、ゆっくりと首を回す。……関節が、パキパキと小気味のいい音を鳴らした。
「……大分、疲れたなあ」
ため息を吐き出すように、そう言う。今日だけで、妖怪の山を登り下りし、紅魔館で派手な戦闘をし、霧雨魔法店を忙しなく掃除し、魔法の森を踏破したのだ。疲労に強い妖怪の体とはいえ、さすがに抗議の声を上げ始めていた。
「……早いとこ行って、休ませてもらおう」
だんだん重くなってきた両脚を励ましつつ、月見は懐から一枚の札を取り出した。陰陽術などで好んで用いられる、術式を刻み込んで発動の鍵としたものだった。
刻まれた文字は、
「――『人化の法』」
直後、月見の体に変化が生まれた。札が数多の光の粒子となって空に溶け出し、体を包み込む。わずかにものが焼けるような異音を伴って、光の奥で、月見の体が作り変えられていく。
『人化の法』は、有り体をいえば変化の術だが、ただ単に外見を変化させるだけの子ども騙しとは違う。体の構造を根本的に作り変え、完全な人間になる――月見が長年の歳月をかけて大成させた秘術である。
身を包む光が輝きを失えば、月見の体は劇的な変化を得ていた。銀の尻尾と獣耳は綺麗に消え失せ、側頭部には、代わりに人間の耳が生えている。髪は艶のある黒で染まり、肌もまた、赤みのある濃い肌色へと色を深めている。
そして、これは外見だけではわからないことだが――妖力は、霊力に形を変えて。
月見はまさしく、人となっていた。
「……よし、と」
術が成功したことを確かめ、月見は小さく頷きを落とした。これならどれほど疑われたとしても妖怪だとバレる心配はないし、外来人を装えば、一晩くらいの宿も保障してもらえるだろう。
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