第6話 「守矢神社とっても素敵なところ!(自称) ①」
芳春の穏やかな風が髪を撫でると、早苗の心も安らぐようだった。
上機嫌な朝だ。雲一つない空に掛かった太陽が、笑いながらのどかな陽光を降らせてくる。早苗はその太陽にもらい笑いをしながら、日課である境内の掃除に勤しんでいた。
「~♪ ~♪」
掃く竹ぼうきのリズムをメトロノームにして、鼻歌を刻む。お気に入りのアニメの主題歌。メロディーが進むたびにまた一枚、また一枚、木の葉を払った。春先なのにこうも落ち葉が多いのは、きっとあたりをよく天狗が飛び回っているからなのだろう。
「~♪ ~、~♪」
早苗が風祝を務める神社、守矢神社がこの幻想郷に移転して半年。それはすなわち、外の世界の常識がほとんど通用しない幻想郷の荒波に揉まれ続けて半年、ということでもある。
移転初日、博麗霊夢と霧雨魔理沙にいきなり弾幕ごっこで襲い掛かられては泣きかけ。その後の宴会で、馬鹿騒ぎをする幻想郷の住人たちに神社をめちゃくちゃにされては挫けかけ。未成年が当たり前のように酒を呷る(非)常識に付き合わされては、酔い潰れて死にかけ。そんなこんなで苦労が絶えず落ち込むことも多かった早苗だが、この日、心は未だかつてないほど晴々としていた。
朝起きた時から、ずっとこんな心模様だった。朝食を作る時も食べる時も鼻歌が止まらなくて、それを見た諏訪子と神奈子が豆鉄砲を食ったような顔をしていたのを思い出す。早苗自身も、これには内心不思議だなと感じていた。
予感がある。なにか、素敵なことが起こりそうだという予感だ。鼻歌が終わると同時にすべての落ち葉を払い終え、空を見上げれば、広がる蒼は己の心を映し出すかのよう。これはきっとなにか幸福の前触れなのだと、早苗は確かに感じていた。
その時、早苗はある音を聞く。
パン、パン、と。空気を打つ二回の高音は、参拝の際に行う二拍手の音。
「あっ、参拝客かしら?」
胸が躍った。この守矢神社は、恐らく山の頂上付近という立地条件の悪さからだろう、参拝客がほとんど訪れない。だから博麗の巫女らの力を借りて分社を建てることで信仰を集めているのだが、本社で二拍手の音が響くのは実に四日振りのことであった。
ああ、やっぱり今日は素敵な一日なのかもしれない。期待に満ちた足取りで、早苗は賽銭箱が置かれている拝殿へと駆けていく。
そして、拝殿の影から飛び出すようにして、
「あの! ご参拝の方で、す、か……」
高々と声を発し、しかし後に続く言葉は、尻すぼみに小さくなって消えていった。
「ふえ、」
突拍子もなくそんな声が漏れた。未知の力に体を支配されて動けなくなる。心拍数が跳ね上がり、頭が一気に熱くなって、思考が不明瞭になっていく。
目の前に立っていたのは、一匹の妖怪だった。ただの妖怪ではない。今まで見たことのないような美しく澄んだ銀髪、もふもふそうな大きな尻尾、そして――
……ふと、視線が合った。
その瞬間、早苗の脳が瞬く間もなく沸騰した。視線は強大な引力を以て“それ”へと引き寄せられ、もう片時も離すことができない。
(けっ、)
熱暴走を起こしぐちゃぐちゃになった思考の中で、けれども早苗は、“それ”の存在だけははっきりと己の網膜に焼きつけていた。
“それ”とは、
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