帰還
「俺達は図書館の本を回収して、それから小舟の里に戻る。おーい、ウルフギャング」
「話は聞いてたよ。医者の定住なんて、里からしてみれば大歓迎だろ。乗ってくといい」
「それはありがたいな」
「でもま、まずは体を洗ってもらわねえと。ここに寝泊まりしてたんなら、個室の場所も把握してるだろ。そこに水と石鹸を出すから、俺が本を回収してる間に身支度をしてくれ。着替えも、この辺りで流通してるのよりはマシなのがいくらでもある」
「そこまで甘えていいのかな」
「いいさ。小舟の里には、医者と名乗れるほどの人間はいねえんだ。救護所にスティムパックは置いてるが、それを使うほどの怪我じゃねえと、薬草を擂り潰して傷に乗っけて包帯を巻いて終わりなんだ」
「なるほど。なら役には立てそうだが、肝心の医薬品がなあ……」
「病院はめっけてある。そこを漁れば、いくらかは手に入るだろ。ほら、個室に案内してくれ。サクラさん。中は大丈夫そうなんで、ウルフギャングと駐車場の車を漁ってていいですよ」
「わかった。こっちだ」
「気をつけろよ、アキラ」
医者が1人で寝泊まりしていたくらいだから、クリーチャーはいないのだろう。
それでも用心はしつつ、柏木の後に続いて図書館に入った。
暗い。
そして、独特の臭いがする。
「カビくせえな。本は、無事なのか?」
「大方はね」
「ここへは、医療関係の書籍を探しに?」
「ああ。縫合くらいなら僕でも可能なんだけど、それ以上となるとサッパリでね。死ぬ前に、外科的な内臓の治療法をどうしても知りたかった」
「たいしたもんだ。なあ、柏木さん」
「なにかな」
「小舟の里を、頼むよ。大事なダチや、気のいい仲間が大勢いるんだ」
「まるで、旅にでも出るような言い方だね?」
「しばらくは小舟の里で厄介になる。でも、いつかバカ野郎を迎えに行かなくちゃならないんでね」
「……出来る限りの事はさせてもらうよ」
「ありがてえ」
柏木が寝起きしていたのは、カルチャースクールにでも使っていたらしい畳敷きの和室だった。壁際のホワイトボードには、戦前の人間が描いたらしい着物の着付けに関する注意点が、掠れてはいるが残されている。
「水にバケツ、タオルに着替え。メシと飲み物も出しとくか。着替えたら、トラックに行っててくれ」
「本の選別なら、手伝えると思うんだが」
「片っ端からコイツに入れるだけさ」
「いくら電脳少年でも」
「俺のは特別製でね。容量が無限なんだよ」
「おいおい。アキラくん、だったね。キミは極端に神に愛されてるとか、そんな存在なのかい?」
「アキラでいい。どっちかっつーと、呪いの類いだろ。そんじゃ、後で」
「あ、ああ」
過去の遺産とでもいうべき書籍は、いくらあってもジャマにはならない。
本棚ごと、すべて回収して回った。
それだけでなく、受付や事務所のターミナルや机まで、根こそぎいただく。
運命の日は閉館日だったのか、ガイコツすらないので気楽なものだ。
駐車場に戻る途中で、玄関へ続く通路の窓が割られているのに気づく。柏木はここから侵入して、書物を読み漁っていたのだろう。
豪快な医者もいるものだ。
「アキラ、これ収納して」
「スペアタイヤに工具。外せるのは、シートまでいただいたんか」
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