落暉と濤の彼方より
鎮守府の傍に設立された、深海棲艦の研究施設内。広く白い廊下を歩きながら、霞は鼻を鳴らした。相変わらず、胡散臭くて辛気臭いところだ。胸中でぼやきつつ、大型のケースを手に持った少年提督の後に続いている。この施設の地下に備えられた、深海棲艦用の特別捕虜房に用が在るらしい。なんでも、新しい深海棲艦が此処に収容されたらしく、その新入りに話があるとの事だ。そんな仕事がある日に秘書艦を務める事になったのは、単に自分がツイてなかった。この施設には何度か訪れてはいるものの、霞はこの場所をどうも好きになれない。正確には、体が慣れてこない。規模の大きい病院と言った風情の雰囲気だが、この傲慢とも言える白一色の内装は、何もかもを掌握されているかのような、凄まじい圧迫感と閉塞感を与えてくる。やたら息苦しくて居心地の悪い空間だ。とは言え、そんな文句を言ってもしょうがないから、黙って歩いている。
白い廊下は広く、両側には研究室が並んでいた。大型の精密機器類が並ぶスペースや、大量に薬品が並んでいる。白衣の研究員達がコンソールを叩き、資料であろう紙の束を忙しなく捲り、あーだこーだと言い合う声も聞こえる。このフロア全体の雰囲気も実験室と言った感じだが、素人の霞には、傍目から見ても何をしているのかさっぱりだ。
そんな実験室・研究室が並ぶフロアの一室に、少女提督の姿がチラリと見えた。年齢や背格好は少年提督と同じくらいだが、少々眼つきがするどくて、生意気っぽい貌をしている彼女も“元帥”の一人だ。少々変わった来歴と言うか、戦功を評価された提督では無く、その技術力を買われた提督の一人である。少女提督は、白衣の研究員達と顔を突き合せて、自分も分厚い資料集をバラバラと捲っていた。忙しそうな少女提督は此方に気付かない。前を歩く少年提督も、少女提督には気付いてはいたが、特に気付かせるような素振りは見せなかった。見たところ、少女提督は簡単な会議か何かでもしているのだろう。邪魔をしないようにという配慮に違い無い。
少年提督は落ち着き払っていて、たまにすれ違う白衣の研究員達に丁寧に会釈したり目礼したりしている。白衣の研究員達はどいつもこいつも少年提督にビビッてるというか、明らかに身体や表情を強張らせて敬礼していた。まぁ、無理も無い。何せ少年提督の隣には、今日の秘書艦見習いとして、ヲ級が静々と控えているのだ。解体・弱化施術を受けて無害な存在であっても、彼女は間違いなく深海棲艦である。ただ、今はそれを象徴する艤装も顕現していない。ル級に良く似たボディスーツを着込んだ姿だ。もの静かなヲ級は、その神秘的な美貌も相まって、冷徹な才女のように見えなくも無い。しかしそれでも、明らかに雰囲気が異質で、人間では無いのだ。
白衣の研究員達も、このヲ級が秘書艦見習いという特殊な状況下に在ることを知っているとは言え、そう簡単に慣れるものでは無いだろう。その辺は、霞が此処の空気に慣れないのと同じか。そんな事を思いながら少年提督の後に着いていると、白衣の研究員達は霞にも敬礼をしてくる。霞は背筋を伸ばし、彼と同じように目礼を返す。そうこうしている内に、地下へのエレベーター棟に到着。扉を厳重に守る二人の屈強な警備に敬礼をして、彼はエレベーターに乗り込む。警備の二人も、貌をビキビキと引き攣らせているのが印象的だった。霞は溜息を堪えてエレベーターに乗り込み、供に地下フロアへ向う。
地下フロアには生活をする為の設備も揃えられており、人間らしい暮らしをするならば十分な条件がそろっている。他にも、深海棲艦の肉体や精神に干渉する為、ドーム状の施術用大霊堂がある。空調も効いているようで、空気も新鮮だ。ゴウンゴウンと低い音が聞こえるが、恐らくパイプか何かで海水を供給しているのだろう。あとは、大型のトラックが裕に通れるだけの広い廊下と、深海棲艦を積んだ運搬車両が乗れるだけの大型エレベーターと通路に繋がっている。霞は彼とヲ級の後に続き、白い廊下を歩いていく。霞達が向かっているのは、捕虜房兼生活フロアでも無く、大霊堂でも無い。いまだ解体施術が完全に済んでいない、鹵獲されたばかりの深海棲艦を拘束しておく為の場所だ。今日の未明にこの施設に運び込まれた深海棲艦が、この白い廊下の先に居る。
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