ハーメルン
真・恋姫†無双〜李岳伝〜
第七話 真偽

 乾いた北風がつむじを巻いて、肌を切り裂くように一陣吹いた。公孫賛は口元を覆って咳をこらえた。
 幽州の冬は冷たい。あるいは雪は少ないかもしれないが、大地は凍てつき春までがことさら遠く感じる。并州、冀州で花が咲いたといっても、幽州ではまだもう一息堪えなくてはならない。だがそのような過酷な大地でも草木は生え、獣は育ち、人は営みを紡ぐ。守るべき人民がいる限りここにいる意味はあるはずだと、公孫賛は自分に言い聞かせるように思った。
 斥候に出した兵卒が帰参した。報告ではもうそろそろ見えるということだ。并州から数百頭の馬を運ぶ。口に出せば簡単だが昨今の世情を考えれば難事だといえよう。公孫賛は晋陽から州境を踏破し、この北の地に至るまでの道程を描いてみようとしたがさっぱり思い浮かびすらしなかった。天下は広い。だから力を付けなければ。やはり言い聞かせるように、公孫賛は頭の中で繰り返した。
「来ました!」
 ハッとして前を向いた。地平線から浮き出たような一群が目の端に映った。今朝にちらついた僅かな雪を蹴立てて、馬群がこちらへ向かっている。憎いことに、おそらく横一線に走らせているのだろう。実際は五百頭だというのに、その二倍や三倍にも思えた。此方彼方が嘆声、歓声でざわついた。
 約束の日取りは旅程が定かならぬので五日の幅をもたせた。一日の余りをもって到着したのは上出来といえるだろう。
 およそ半里手前で馬群は停止し、その中から一頭の大きな馬が歩を進めてきた。見事な黒毛だ。大きな馬体、引き締まった筋肉が遠目にも見える。だが馬上でまたがっている人物は不釣り合いなほど華奢で、馬に乗せてもらっているという表現のほうがピタリと合うような気がした。
「姓名を名乗られよ」
 側近の誰何に、男は馬上から降りるとその場で平伏し、晋陽の商人、永家の手下で姓を李、名を岳と申し出た。差し出した竹簡を公孫賛も直々に目を通した。どうやら間違いないようだ、太守の印まで入っている。公孫賛は平伏したままの男に近寄り、面を上げさせた。
「立たれよ」
「恐縮でございます」
 男が立ち上がる。公孫賛は目線が大して変わらないことにまたもや驚いた。自分が思い描くことすら出来なかった旅をこの華奢な男がこなしたというのか、屈強な男を予想していただけに意外な思いを隠しきれなかった。
(女の子でも通じそうだな……)
 少々無礼にすぎる公孫賛の内心、それを少しばかりでも読み取ったのだろう、男は苦笑して答えた。
「馬丁に匈奴のものがおります。道にも明るく馬の扱いも達者で、その者と共に参りました。わたくし一人の旅ではございませんでした」
 公孫賛は慌てて打ち消すように言った。
「ああいや、他意はないんです。すまない。誰か椅子をもて」
「恐れ入ります」
 李岳と名乗った男の身のこなしは、まるで司隷で育ったかのように立派なものだった。身に纏っている袍も美しい刺繍が施されている、馬上の旅なため下は胡服を着ているが、取り合わせは悪くない。けれどどうにも着せられていると言った風情で可愛げがあった。
「私が公孫賛です」
「これは」
 李岳と名乗った男は一瞬目を丸くした後、何か面白がってるような表情を浮かべた。
「どうされたかな?」
「いえ、将軍直々のご足労恐れ入ります。お約束通り并州生まれの馬、五百頭をお渡しいたします」
 男はやはり面白がっている風な表情で見てくる。あるいは礼を失する行いだが、公孫賛は嫌な感じはしなかった。幕僚が咎めるように咳払いすると、李岳は慌てて顔を伏せた。もう少しこの者の顔を見たかったのに、と公孫賛は内心勿体ながった。

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