第十八話
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ふと気がつくと、私は見慣れた空間にいた。
……ああ、またこの夢か……。
私の周りに広がるのは、何も見えない暗闇の中、自分の体だけがぽっかりと浮かんでいるような、そんな空間。
私はそこで、何をするでもなく佇んでいる。
「……いったいここはどこなんだ……?」
そう虚空に問いかけるも、答える人影などないことはわかっている。
それでも問いかけたのには理由がある。
返答する影はなくとも、声はあると知っているからだ。
『――何度も言っているでしょう? ここは貴方の夢の中であり、貴方の心の中ですわ』
その声は、不思議な声だった。
どこか遠くから叫んでいるようにも聞こえるし、耳の近くでささやかれているような気もする。
聞こえてくる方向もあいまいで、しかしはっきりと聞き取ることができる。
そんな声だった。
「……いい加減、お前と話しているだけのこの夢も飽きてきたな。お前と私以外の者はいないのか?」
『いるわけないでしょう? ここは貴方の心の中であり、絶対の不可侵領域なのですから。外部から入れる方なんて、そうそういるわけがありませんわ』
だったらなぜお前がいるんだ、と突っ込みたいが、夢に合理性を求めるのも無意味だと思ってあきらめる。
「……というか、お前は一体どこにいるんだ? 声ばかり聞こえるが、姿を見たことは一度も無いぞ?」
『それは仕方がありませんわ。私、ここに声だけを飛ばしていますもの。大体、これだけでもかなり消耗するのですから、これ以上は直接貴方のそばに行かなければ不可能ですわ』
「ほう、そういう物なのか……」
この不思議な夢を見始めたのは、今から大体一月ほど前からだ。
一番最初はただ暗闇の中に佇んでいるだけの夢だったが、数日同じ夢を見続けてから、かすかに声が聞こえているのに気が付いた。
それは遠くから、かすかに、しかもとぎれとぎれにしか聞こえてこない声だったが、それでもその声に込められた必死さは十分に伝わってきた。
そして今から三日前より、声ははっきり聞こえてくるようになり、意思疎通がしっかりできるようになった安心感からか、声の響きも落ち着いてきて、今では軽い雑談を行えるようになっていた。
「じゃあ、お前は一体どこにいるんだ?」
『まあ、ひどいことをおっしゃるのですね。
私はずっと、貴方と出会い、契約を果たしたあの場所におりますわ。一体、いつになったら私を見つけて下さるのですか?』
……いつも、何を聞いてもこいつはこんな感じだな……。
『私を早く見つけてほしい』
よくわからないこの声は何かにつけてそんなことを言い続ける。
なのに、自分が何者なのかを尋ねても、答えはいつもはぐらかされる。
唯一答えてくれるのは名前だけなのだが、
「……なあ、お前の名前は何なんだ?」
『――はぁ。何度も言っていますけど、私の名前は■■■です。と言っても、今の貴方では聞き取れないでしょうけれども……』
こんな感じで、名前の部分だけはなぜか聞き取れない。
よくわからないが、こいつが名前を名乗る時だけ言葉が認識できなくなるのだ。
聞こえているはずなのに、聞こえない。
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