麻帆良大学のある研究室で私は、白衣に袖を通し口にマスク、手には手袋をつけ、目の前にある試薬をプラスチック上の小さなチューブに少量ずつ入れていく。
私がこんな格好をしているの は、生物のDNAを操作する、分子的実験を行っているためだ。生物のDNAを扱うと言うのは、技術を用いれば難しいことではなく、決まった材料を使い手順を間違わなければ誰でもできる。但し、実験中に自分の唾など入ろうものなら自分のDNAまで取ってしまうため、そこだけは慎重にならなければいけない。
私は前世の知識を用いながら、次々と手順を踏んでいく。試薬に浸した個体の組織の粉砕をし、高温高圧にしばらく当てて、その後急冷する。
ある程度の作業に区切りが付いたとき、一息ついてマスクと手袋を外すと、ある男性が部屋に入って来たことに気づいた。
「明智ぃ、悪いな。こんなことまで付き合ってもらって」
まだ、30代半ばと言った所だろうか。少しくたびれた風の白衣を着た男性が珈琲の入ったコップを片手に私に声をかける。
「いえ。このくらいなんとも。むしろ、こんなことで良ければいくらでも手伝います」
私は実験を行った机を片付けながら応えた。
この男性は、麻帆良大学の生物的分野における教授である。先日朝倉の話を聞いてからすぐに麻帆良大学に属する教授何人かに、話を聞いてくれないかとメールを送ったところ、快い返事をしてくれたのがこの教授だけだったのだ。
たかだか中学一年の言い分に時間を割いてくれたことに感謝しながらアポイントをとり、麻帆良大学に足を入れて、自身の研究をしたいことを伝えると条件付きでOKを出してくれた。
その条件が、教授の実験も手伝うことだった。時期が悪かったのか、現在教授の研究室の部下は一人もおらず、忙しさのあまり自身の研究にも手が回っていなかったらしい。
「しかし、いいんですか? 一介の中学生に大事な研究を任せてしまって」
初めは事務的手伝いだけを任されていたのだが、教授はいつの間にか私にも実験の進行をやらせていた。
「そういうのは自分の手際の良さを分かってから言いな。知識も俺なんかより持ってるし、発想もいい。いい拾い物したと思ってるぜ」
珈琲を飲みながら、教授は続けた。
「初めは俺も中学生なんかって思ってたけどよ、工学部じゃ天才中学生がいるしもしかしたらって思ったら大当たりだったぜ」
にやりと少し不気味な笑みを浮かべて、教授は私を見る。その表情が何となく怖くて、こんな笑顔をするから研究員が寄って来ないのではないのかと疑ってしまった。
「俺の実験のデータがもうすぐ出揃うからよ。そしたらここは好きに使っていいぜ。俺は暫く部屋にこもってデータ纏めと論文書きに移るから」
「……ありがとうございます」
私はゆっくりと頭を下げる。彼が使う実験動物は爬虫類であるため私とは方向性が若干異なるのだが、設備自体はなんの不満もないほど揃っていた。むしろ、研究員もいないような研究室にここまで道具が揃っていることに私は驚いた。教授はだるそうにしているが、やっている研究はレベルが高いのだろう。運よくこの研究室に当てられてよかったと思った。
「さて、明智はそろそろ学校いく時間だろ? 早くしないと遅刻だぞ」
私はその言葉を聞いて部屋の時計を見る。ここから中等部までの距離を考えると、登校時間ギリギリであった。
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