夏の日射しが眩しく、アスファルトから跳ね返る熱気が透明の湯気のように大気を揺らしていた。コンクリートの街を、歩きやすい運動靴を履いて私は足を進める。長くストレートな黒髪を一つに縛り、上下長袖ジャージに麦わら帽子という女性としてのお洒落さなど微塵も感じない格好をして、私は道を歩く。たまに私を振り向く人がいるのは、右手に持つ虫取網と肩から下げる虫籠が更に違和感を際立たせているからなのだろう。
誰もが見てわかる通り、私は今、昆虫採集に向かっている。来年から小学校に通うという年齢まで成長した私は、わりと自由行動が許されるようになった。私自身が他の子供よりしっかりしている(この精神年齢でしっかりしていないと問題なのだが)ということで母は、あまり遠くに行ってはだめよ、と私に携帯電話を持たせながら外出を許してくれた。この時代にしては最新の携帯電話だったのだが、久々に二つ折りの形式をみて、少し懐かしく思った。
そう言えば、幼稚園であやかにも声をかけたのだが、昆虫採集と言うと顔を激しく左右して断られてしまった。
「きょ、今日の放課後遊ぶのですの?! い、いきます! 遊びましょう! 何するんですの?!
……………………え。こ、昆虫採集…………。す、すいませんななみ! 勘弁してくださいですの! 」
……どうやら、昆虫採集とは年頃の女の子のする遊びではないらしい。しかし何をそんなに嫌がることがあるのだろうか。昆虫ほど魅力的な生き物はいないと思うのだが……。
昆虫は世界で最も多くの種が存在している。現在知られている生物種の中でも、昆虫は半分以上を占めている。言わば、今や世界は昆虫の時代なのだ。多種多様に存在し、 時には神の悪戯かとも思ってしまうようなデザインをしている彼らに、私はあっという 間に惹かれてしまったのだが、皆がそうと言うわけではないらしい。当然ながら自分の好きなものを他人に強要しようと思ってなどおらず、嫌がるものを無理矢理連れてくる訳にもいかないので、冗談混じりにまたの機会に、と告げるとあやかは頬をひくひくさせながら頷いた。
灰色の地面が続く街から抜けるために、淡々と足を早める。今まであまり麻帆良の市街地から離れたことはないのだが、遠くに見える巨大な木などを見ると、子供らしく心が踊ってしまった。段々と地面を覆うアスファルトが少なくなり、目の前には緑が見え始めた。固められた道路から、自然に踏み続けられた土の道に変わり、人気がどんどん少なくなる。どうやら、そろそろ林に入れるようだ。木の上から鳥の唄が聞こえ、セミが鳴らす音も激しさを増していた。久々の昆虫採集に高鳴る胸を抑えながら、私は林に足を踏み入れた。
○
「ねぇー ! ななねぇどこーー」
ういが家をドタドタと走り回りながら、姉の名前を呼んだ。ツインテールにするためにゴムで結んでいる黒髪が、何度も上下しながらも必死にういにしがみついているように見えた。洗濯物を畳んでいる私は、埃を立てる娘に少し注意してから言う。
「ななみは一人で遊びに行ったわ。虫を取りにいくんですって」
「ええーー ! いいなぁー ! わたしも行きたかったーーー ! 」
ういは私の膝にダイブするように飛び込み、足をバタバタとさせながら精一杯不満を述べた。ういを見ていると、その無邪気さに姉との性格の違いをはっきりと示されて、 私はちょっぴり微笑んだ。
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