ハーメルン
我輩はレッドである。
ライバルと師匠と貧相なバス ⑦



「ラティ、通訳頼めるか?」

 おんぶしているラティアスを降ろしてレッドはお願いする。
 しかし修行を頑張ったラティアスはまぶたを重たそうにしており、ゴシゴシと眠たげな金の瞳を擦っている。

「無理……か?」

 ラティアスはふるふるとかぶりを振るい、スケッチブックを開いた。

「ありがとうな」

 よしよしと頭を撫でる。ラティアスは心地良さそうに目を閉じて――うつらうつらと舟を漕ぐ。

「おおーっと、こいつぁ予想外だぜ。あとでたっぷり撫で回してやるから今は堪えろ! 堪えるのだ!」

 ギュッと抱きしめて白銀の髪をわしゃわしゃと乱暴にかき回す。ここでラティアスが頑張ってくれないと対話なんてできるわけがない。レッドは前世の記憶を思い出す特殊な身であるが重力に魂を引かれたガチガチのオールドタイプだし、純粋なるイノベイターでもない。ただの人間性がおかしい外道だ。
 ラティアスは眠気を覚ますために池の水を白い小さな手にすくい、バシャバシャと顔を洗った。ポーチからタオルを取り出し、大丈夫と言うようにこちらを振り向くラティアスの水に濡れた顔を優しく拭う。

「さんきゅ」

 レッドは池の片隅にいるヒンバスに目を向け直して、

「おーい、ヒンバスーっ。ちょっとこっちに来て話さぬかい?」

 できるだけ明るい声音でヒンバスを呼ぶと、ヒンバスはちらりとこちらを向いたが、すぐにそっぽを向いてしまった。
 ふむ、

「ラティ、ちょいと〝サイコキネシス”でヒンバスをこっちに呼んでくれ」

 残念ながらレッドに、何度も通い詰めてヒンバスの凍りついた心を解かせるという真っ当な精神は通じない。ラティアスもレッドに従い、〝サイコキネシス”を発動して強制的にヒンバスを引き寄せる。
 驚いてバシャバシャとはねるヒンバスは、しかし抵抗空しく手の届く距離に到着する。

「あーっはっはっは! ヒンバスよ、お前は大人しく俺に弱みを晒し、進化するしかないのだー!」

 と、嘯くのは即座にやめて、敵意を宿したヒンバスとしっかり目を合わせる。

「割と真面目に切り込むけどさ、どうしてシロナさんの元から離れたんだ?」

 敵意が薄れ、哀しみに揺れる。
 そしてレッドから顔を背けた。
 もしシロナへの感情をひた隠しにするつもりならば、徐にシロナを盛大にディスり、ヒンバスの反応を窺うつもりだったが、さっきの反応で充分に伝わった。

「あの人のこと、本当は好きなんだろ? 理由を話してくれないか? 幸い、この場にはラティアスがいるからちゃんと言葉は伝わるんだ」

 ゆらゆらと、瞳は揺れたまま。

「シロナさん、凄く落ち込んでたよ。お前に嫌われていたって、泣きそうな顔してた」

 昨日の泣きそうな顔が脳裏をよぎる。きっとシロナはこのヒンバスのことが大好きだったのだろう。まるで相手のために身を引いたような痛い笑みが印象的だった。

「迷ってるんだろ? 悩んでるんだろ? 話してみろよ。それで気分が晴れることもあるぜ」

 できる限りヒンバスを安心させるように優しい笑みを浮かべる。
 ヒンバスの根幹にある想いを知りたい。シロナとヒンバス、双方ともにこんな顔をしながら離別するのはダメだとレッドは思う。たくさん傷ついただろうヒンバスを救う術をレッドは持っている。

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