第9話―――彼女と彼女の事情 後編
相容れぬ互いに許さぬ者同士が運命の気まぐれか、それとも悪戯か? 引き寄せられ、惹かれ合い、恋に落ちる事がある。
だがそういった物語の最後というのは、大概は悲惨なことで締めくくられる。
云わば悲恋。シェイクスピア然り、ワーグナー然りである。
だが、そこに更なる悲劇が生まれ落ちることもある。
そう、そんな悲恋の末に彼女は生まれた。
彼女が物心付く頃には既に両親の姿は無く。
人目から遠ざけられるように彼女は彼等の一族の集落の外れにある、寒さと風雨を凌げる程度の簡素な小屋に1人で住まわされていた。
両親の無い彼女がそれまで1人で生きられた訳は無く……要は集落でも変わり者など、人の良い者などに何とか庇われる形でその生を許されていた。
何故、親がいないのか?
何故、1人なのか?
そんな僅かな疑問さえ、幼い彼女は抱かなかった。
そもそも話す機会さえ少ない為か、同年代の子供に比べて言葉すらも余り学べず、まともに喋れず、両親だとか、孤独だという意味すら彼女は理解していなかった。
それでも物心が付いてそう暫くしない内に、よく訪れる優しい人や時折来る恐い人の姿を見るにつれて、自分が“違う”事を理解した。
顔付きが全く異なり、肌の色が違い、一族で特徴的な黒い筈の翼さえも白かった。
そして余程難しい物で無ければ、言葉も理解できるようになっていた。
そうして言葉を理解できるようになって幾日―――彼女は捨てられた。彼女の一族から…。
ただ、最後まで優しくしてくれた誰か、或いは誰か達が、彼女に泣きながら謝って涙を流しながら赦しを請い。身勝手だと思いながらも、それでも彼女に幸ある事を願って人間の世界に置いていったのは確かであった。
そうして白い翼が美しい彼女は拾われた。或いはそうなるようにもう記憶に無いその優しい誰か、誰か達が仕向けてくれたのかも知れない。
だからと言って彼女の全てが救われた訳ではない。
確かに拾ってくれた人は、人格者で彼女を半ば我が子のように扱い。名前を与え、生きる術を教え、自分の進むべき道を示してくれた。
だが、幼い心に負った傷は決して癒されなかった。
むしろ、新たに生きる事となった世界でも彼女は自分が周りと“違う”事を見せ付けられ、よりその意味を深く理解して行き、その傷も深さが増してしまった。
何故、自分には両親がいなかったのか?
何故、1人で集落から離された小屋に住まわされていたのか?
そして、何故、一族から捨てられたのか?
それらの“何故”の意味を彼女は知ってしまった。
知った以上は、周りとの“違い”を意識せずに居られなくなった。
白い翼を隠し、同じく髪も黒く染めた。赤い目の色も同様だ。なるべく周りと同じに合わせた。自身の違いが決して浮き彫りにならないように……一族に居た時のように蔑まれ、そして捨てられない為にも。
拾ってくれた人の計らいで、初めて出来た友達にも明かさず、ひたすら隠し続けて彼女は過ごしていった。
しかしそれでも、幾ら修練を積もうと。成果を上げようと。彼女の修める道の階位が上がる事は認められず、何時までも見習いのままだった。
末席というのはまだ良かった。実際、彼の流派では拾われたに過ぎない新参者であり、明確な歴史を担っていないのだから。
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