12.自己紹介は大切です。
ありふれた中小都市の一つ、ザバン市。
大通りに立ち並ぶ飲食店通り。その中の一つ、何の変哲も無い小料理屋。
そこへ今、二人の男が煤けた暖簾を掻き分けて入店していく。 二人の入店と同時に、騒がしかった店内は一瞬にして静寂に包まれた。
一体何事かと眼を向けた店員達も、入り口に立つ二人を見て事情を察する事になる。
接客業として有ってはならない事なのだが、全員がもれなく固まるか、或いは厨房へ逃げてしまい誰一人として注文を取りに行こうとしない。
誰もが口を噤み、箸を置いて顔を伏せ、ただ嵐が過ぎ去るのを待っている。
おおよそ食事をする場所とは思えない程に重苦しい空気が店内を満たす中、このままでは埒が開かないと意を決した一人の店員が応対に向かった。
「い、いらっしゃいませ、お二人様ですか? 先に御注文をお伺いしますぅ…」
カタカタカタカタ・・・・。
入店して来た男の内の一人、全身を隈なく大小様々な針で突き刺した男は喋らない。開き切った瞳孔でただ店員を見つめている。
「ヒィッ!? あ、あのう、注文を……」
「ああ、ごめんね♡ 彼はこう見えてシャイな人間なんだ。 …ステーキ定食、弱火でじっくりね♤ 彼にも同じやつを宜しく」
針男の代わりに返答したのは同時に入って来たもう一人の男。男は道化師風の化粧と装いをしている。
しかし、店内に居合わせた客達は彼らを大道芸人の類だとはとても思えなかった。二人の身体から漂う濃厚な血の臭いが、彼らがそんな愉快で生易しい存在では無い事を暗に誇示していたからだ。
「す、ステーキ定食ですね、畏まりましたー! お客さん、奥の個室へどうぞ!」
他の客に配慮したのか、店員が厨房奥に有る個室へ二人を案内する。
姿が完全に見えなくなったのを確認して、店内に居た客とスタッフは一斉に安堵の溜息を吐いた。
「何だよあいつ等、絶対カタギじゃねーよ…」
「あんなの、シャイな奴がする格好じゃねーぞ!?」
「店員さんマジGJ!!」
二人が発していた異様なプレッシャーから解放され、俄かにざわつき始める店内。
そこへまた一人、男が訪れた。左腰に刀を下げた、恐ろしく整った顔立ちをしている銀髪の男だった。
まとも(少なくとも外見的には)に見える客に安心したか、厨房から威勢の良い掛け声が飛ぶ。
「いらっしゃーい! お客さん、ご注文は?」
「ステーキ定食、弱火でじっくりで」
「あいよー! お客さん、奥の個室へどうぞー! ……ん?」
小料理店の地下、数百メートル。 そこに数十名の人間が屯していた。
彼らは皆、超難関と謳われるハンター試験に挑む猛者達であり、自信に満ちた顔つきで試験開始の時を思い思いに待っている。
「…おや、案外人が少ないね♤ 少し早く着きすぎたかな?」
周囲を見渡した後、横の二人に問い掛けたのは鮮血の奇術師、ヒソカ。
彼の姿を見た参加者達は視線を逸らし、一斉に距離を取った。昨年のハンター試験を受験した者は彼の恐ろしさを覚えていたのだ。
そうでは無い者も、三人と自分達の間を隔てている千尋の谷よりも尚深い実力差を自ずと悟るか、或いはその風貌を危険視して遠巻きに見ているだけだった。
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