22.5 小話は平穏の中で。
1、クリード、地獄の修業時代を語る。
注1:試験編や闘技場編より以前なので人並みに感情表現が豊かなクリード少年です。
注2:この時点ではまだサキでは無くキョウコ呼びです。
「クリード君、今日は素晴らしい天気ですね。肌を撫でる爽やかな風…空気も澄み切っていて、ぽかぽかとした日差しが実に心地良い」
とある日、とある場所にて。
山から山へと掛けられた古めかしい木製の吊り橋。 その中腹にて女が一人、欄干に手を置いて柔らかく微笑んでいた。
その堂々とした佇まいは一流と呼ばれる武人の風格を強く印象付け、吹き抜ける風にざぶざぶと波打つブロンドの金髪は一面に広がる麦の穂を想起させた。
「ええ、ええ、本当にそうですね。 暖かくてハイキングにはうってつけの日和だと思いますよ…! 所で“コレ”、そろそろ終わりにして帰りません?」
見下ろせば紅葉、見渡せば秋の色。視界一杯に広がる艶やかなジャポンの四季。
それを心の底から楽しむ女性―——セフィリア・アークスの穏やかな口調と裏腹に、相槌を打つ銀髪の少年、クリード・ディスケンスの声色には明らかに恐怖と緊張の音が混じっていた。
「クリード君、何を馬鹿な事を言っているのですか。出掛ける前にちゃんと教えてあげていたでしょう? 貴方が行っているそれは“臨界行”と呼ばれる、一流と呼称される僧達がこなして来たれっきとした修行なのですよ? それを、初めてからたったの一時間弱でギブアップとは。実に情けない限りですねえ…」
繰り返すが、現在、吊り橋の上にはセフィリアが一人のみ。
…ではクリード少年は何処に居て、何処から声を発しているのか。
「だってこの姿勢、凄い頭に血が上るんですよ? …って、ちょっと師匠!? 貴女、まさか、ワザと橋を揺らしてたりとか、していないですよね? 何だか、明らかに風と橋の揺れが一致していない気が、するんですが!? 師匠!? ねえ!?」
先程より、更に切羽詰まった声で訴える少年。その視界を下せば雲一つない秋晴れが、上へ向ければさらさらと流れる渓流が。そこへ時折混じる紅葉の赤。
少年から見える絶景は、上と下がぐるり180度逆転していた。
詰まる所、クリード少年はセフィリアと呼ばれた女が立っている橋の丁度真下、そこから蜘蛛の糸の様に垂れ下がった一本のロープを両の足に巻き付けて、ぶらぶらと揺れ続けていたのだ。
山と山の間を流れるこの美しい渓谷。その上空遥か数百メートルに設置されてから幾年、或いは数十年か。
否応なく風雪に晒され続けて経年劣化を隠せない吊り橋は、ぎしぎしと音を立ててその存在を主張し続けている。
「おや失礼な…ぷっ、私がそんな意地悪な真似を…くふっ! 愛しい弟子にする訳が…うぷぷっ、無いでしょう? 言い掛かりも大概にしておきなさいな、全く…!! ぷぷっ!」
「この野郎、いやこの陰険美女!! アンタ楽しんでるだろ!! …やめて、激しく揺らさないで!! ちょっ、視界がぐるぐる回って怖い怖い怖いぃぃぃぃ……!!」
それは突然だった。
クリード少年の足元――この場合は少し上方と呼ぶべきか。 そこから妙に小気味の良い、ぷつりと云う音が聞こえると同時に、吊るされていた時と違う完全な浮遊感がクリードの全身を包み込んだ。
瞬きの間に移り変わっていく景色。空が遠ざかり、その代わりに蒼と紅が頭上に迫って来る。
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