ハーメルン
沈黙は金では無い。 
3.回想タイムに入る時は誰も居ない所でやろう

 
 どうしてこうなってしまったのだろう。

 モーターボートの縁に腰掛け、真っ暗な海面を眺めながら僕は呟いた。


 何時からだろうか、自分と、自分が生まれたこの世界に違和感を持つようになったのは。立って、歩いて、喋っているのは間違いなくこの僕、自分自身なのだけれど。
 風呂から出たとき、朝目覚めて洗面所へ行き顔を洗う時、鏡に映る姿にどうしても違和感を覚える。自分が自分では無い気がするのだ。もしくは何気なくTVを付けた時。ニュースで流れるありふれた単語や人物名に既視感を覚えたり。 
 
 だが幾ら頭を捻ろうと答えは得られなかった。もどかしさを常に抱えたまま過ごした幼少期。

 奇妙な違和感を拭えないまま、それを解決する方法も見つからず。時間は穏やかに確実に流れていく。 


 切っ掛けは十歳の誕生日だった。その日、僕は誕生日にも関わらず両親が仕事の都合でどちらも不在という不運に見舞われており、大いにふてくされていた。
 暇を持て余した末に思い立ったのが、家の裏手にある蔵(老朽化が進んでいて危ないから入るなと父に固く言いつけられていた)を捜索して、秘蔵のお宝でも手に入れ、自分の誕生日プレゼントにでもしよう!! と言う何とも子供らしい考えだった。

 蔵の鍵は以前に父の部屋で見かけた事が有った為、侵入するのは容易だった。
蝶番の軋む音をバックミュージックに重々しい扉を開け、中を覗き込む。 
 薄暗い蔵の中はひんやりとした空気が占めており、子供ながらに好奇心と冒険心を掻き立てられた。目ぼしい物を探して奥へ進むと、壁に立て掛けられた一本の刀が目に留まった。
 近づいて手に取ってみる。鉄の塊の筈の刀は思ったより遥かに軽く、子供の力でも軽々と持ち上げることが出来た。 

 この時、そのまま刀を戻していれば、良かったのだろうか。僕は何もかもに気付かないまま一生を終えていたのだろうか。 
 
 ―――今となっては、分からない。

 鞘を左手に持ち、一気に刀身を抜き放つ。気分はさながらエクスカリバーを抜いたアーサー王だ。 

 引き抜いたその刀には、刀身が無かった。鞘と鍔だけの刀。重さを感じなかったのはそういう事か。
 詰まる所これは【ハズレ】。そう思い刀を鞘へしまおうとして、僕は前触れなく頭痛に襲われた。

 頭の中に錐を突き込まれて手加減無しでぐりぐりされたならこんな感じだろう。立っていることが出来ず膝から崩れ落ちる。声も出せない程の激痛。
 耐え切れず埃と自分の出した嘔吐物に塗れながら床をのた打ち回る。
 ひたすらに発信され続ける痛みと死の信号に支配される脳内で、一際大きくカツンと響いた音が有った。痛みの灼熱地獄から逃れようと床を掻きむしっていた指が、先程落とした刃無しの刀に触れた音だと気付くのに暫し時間を要して。
 
 溺れる者は藁をも縋るという諺がある。この場合はガラクタの刀か。とにもかくにも、藁にもすがる気持ちで僕はそれを握り込んだ。

 ――その瞬間だった。不意に頭に浮かんだ幾つかの単語。 

 そうだ。この刀を、この刀の持ち主を僕は知っている。...いや、知っていた。僕が生まれてから今に至るまで、常に感じていた全ての違和感の正体がスルスルと紐を解くように解けて行った。
 
 ――頭痛は、何時の間にか失せていた。

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