第105話 ゆんゆん@がんばれない
「じゃんっ、できました! ウィズさんです!」
楽しげに両手を広げるゆんゆん。
赤い紐で形作られたそれは、デフォルメされた、しかし確かにウィズだと分かる造形をしていた。
あなたはすぐ傍でゆんゆんが紐を手繰る様を見ていたのだが、何をどうしたらこうなるのかまるで理解できなかった。教わってもできる気がしない。
彼女は女神アクアのように大道芸スキルを持っておらず、上達した理由は例によって遊び相手がいなくてもできる遊びだからという、本人からしてみれば文字通りの手慰みだったりするのだが、だからこそ驚嘆に値する。
……さて、突然だが、廃人への道とは自分との戦いだとあなたは考えている。
どんな天才でも鍛え続ければやがて限界が、能力が伸び悩む時がくる。
その後、多大なる労力の対価としては限りなく無為に等しい努力をいつまでも続けることができるかが廃人に至るか否かを分ける。
至った時には漏れなく大なり小なり人間性や価値観が廃人ではない者とはズレているのだが。
それこそ壊れていると畏怖され敬遠される程度には。
単純に強いだけなら廃人などと呼ばれはしないのだ。
そして、そういった意味ではゆんゆんは案外廃人向き精神構造をしているのではないだろうか、と最近になってあなたは考え始めている。
ぼっちを拗らせて様々な一人遊びの達人になった彼女は、レベルが上がるのを見るのが楽しいからとハンマーのレベルを上げ続けているあなたに近しいものがあるといえるだろう。
「お客さん、見えてきましたぜ」
あやとりを教わりながら自身と目の前の少女の意外な共通点について考えていると、御者が声をかけてきた。
街を一望できる丘で一度止まると言うので、ゆんゆんに景色を見せるために馬車から降りる。
深呼吸してみれば、普段は嗅ぐ機会の無い、水分を含んだ潮風の匂いが鼻を突いた。
「凄い……」
王都に初めて連れて行ったときのそれを遥かに超える感動に体を震わせるゆんゆんが、思わずといった風で呟く。
「本で読んだり絵で見たことはあるけど……これ、全部水なんですよね? アルカンレティアの湖よりずっとおっきい……風の匂いも全然違うし……これが、海……わぁ……」
生まれて初めて海を目にした彼女は、まるで子供のように――実際ゆんゆんはまだ子供なのだが――目を輝かせて眼下に広がっている整然とした街並み、そして街の向こうに広がっている青い海を見つめている。
「どうです、ちょっとしたもんでしょう? ようこそシーサイドへ」
アクセルから旅立って三日目。
高速馬車を何度か乗り継いであなた達は当座の目的地である港町、シーサイドに辿り着いた。
■
「やっぱり王都とは全然違うんですね。王都はまだアクセルやアルカンレティアに近かったけど、ここは紅魔族の里でも見たことないものばっかり」
街の中に入っても落ち着き無くきょろきょろと周囲を見回すゆんゆんが迷子にならないように注意を払いながら、活気に溢れた街並みを堪能する。
貿易港であるシーサイドは、海の向こうの国からやってきた多種多様な人種と物品や文化が入り混じっており、王都とは別種の賑わいを見せている。
水夫が多いこともあり、ベルゼルグではあまり見ない、日に焼けた肌の色の人間もよく目に付いた。
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