ハーメルン
このすば*Elona
第127話 第一層:千年樹海

 未熟な半人前の人間を殺すなど、ゴブリンにとっては赤子の手を捻るほどに容易いものでしかない。ゆえにこうして絶体絶命の危機に瀕していた。

 そしてもう一人、少し離れた場所で孤立した者がいる。
 ゴブリンから逃げ遅れた……いや、最初に獲物として狙われた少年だ。

「ぎあ゛あああゃああァあああああ!!!!!!」

 静かな夜の森に響き渡る、魂を抉られたような苦痛の絶叫。
 複数のゴブリンが粗末な棍棒を手に持ち、打楽器を鳴らすように少年を殴打する。
 どか、ばき、ごり、ぐちゃ。
 人体が壊れる、おぞましい音を全身から発しながら、少年はあまりの激痛に助けを求めることすら出来ず、悲鳴とも絶叫ともつかない声を発し続けている。
 死体漁りで入手した強力な武器で一息に殺すのではなく、あえて何の変哲も無い粗悪な木の棒を使ってじわじわと嬲り殺しにしているあたり、その悪辣さが窺えた。

 少しずつ小さくなっていく、耳を塞ぎたくなる悲鳴を聞きながら、少年少女の脳裏に過ぎる切実な感情。
 それは、どうしてこんなことになってしまったのだろう、という現実逃避じみたもの。
 彼ら五人はベルゼルグから地続きになっている隣国、エルロードの士官学校の学生である。
 早朝に宿から抜け出し、届出も出すことなく密かに竜の谷に足を踏み入れたのだ。
 恐るべきは若さゆえの無謀さか。

 何も踏破を目指していたわけではない。
 少し潜って危険を感じるか何かを手に入れたら帰還するつもりだった。

 度胸試しのために。
 家族や同級生に自慢するために。
 あわよくばドラゴンを手に入れるために。
 様々な野心と欲望を胸に意気揚々と足を踏み入れた彼らは、当然のように竜の谷の洗礼を浴びる事になる。
 運悪く入り口で空を舞う竜に捕捉されなかったのも災いした。

 初めは最大限に警戒しながら樹海を進んでいたものの、これといった何かが起きる事も無く時間だけが経過し、世間で言われている危険なんて無いじゃないか、と気が抜けたその瞬間。
 待ってましたと言わんばかりのタイミングで奇襲を受けたのだ。

 事実、襲撃者は見計らっていた。
 辺りを取り囲まれても気が付かない、新たに迷い込んできたエサが油断する瞬間を。
 金に物を言わせて手に入れた優秀な装備や道具も、使う者が未熟ではガラクタに等しい。

 功名心に逸った結果として、彼らは今まさにこの瞬間、その慢心と無知と無力さから成る無謀の代償を支払おうとしていた。
 弱肉強食という原初の掟が全てを支配する地において、彼らが持つ数少ない価値があるもの。
 すなわち、唯一無二である己が血と、肉と、命を以って。

「助けっ、誰か助けて!!」

 哀れな声が夜の闇に溶けた。
 この無常なる大地でどれだけ泣き叫ぼうとも助けは来ない。来るはずがない。
 五つの若い命は無惨に、無為に散り、女神エリスの御許に誘われる定めにある。

 その筈だった。

「――――?」

 包囲を狭めていたゴブリンが、憐れな犠牲者を嬲っていたゴブリンが、唐突に動きを止めて一斉に一つの方角に目を向ける。
 だがそこには何も無い。静寂を取り戻した夜の森が広がるばかり。
 それでもゴブリン達は、見せ付けるかのように浮かべていた粗野で下卑た笑みを引っ込めて、知性を帯びた真剣な表情で注意深く目を細め、闇の中を凝視する。

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