第128話 愉快な森の仲間たち
【竜の谷に住まうモノ】
ご存知の通り、世界中を見渡しても他に類を見ない数多の魑魅魍魎が闊歩する竜の谷だが、恐るべき彼の地に生きるもの全てが我々に牙を剥いてくるというわけではないというのは、あまり知られていない。
ごく少数とはいえ非好戦的かつ言葉が通じる種族の存在が確認されているし、中には命の危機を救ってもらった探索者すらいるという。
時と場合によっては、彼らとの交流が我々の探索の一助となることもあるだろう。
だがしかし、たとえ友好的に接してくるモノと出会ったとしても、それらを前に油断してはならない。侮るなど以ての外。
努々忘れることなかれ。彼らもまた竜の谷という人外魔境に適応し、長年に渡って生き延び続けてきた者達なのだということを。
たとえ危険性の低い相手だとしても、彼らは等しく強者なのだ。
少なくとも、竜の谷に定住する事すら不可能な我々よりはずっと。
――コウジロウ・イイダ著『未知なる楽園を魔境に求めて』より
■
再三繰り返すようだが、カイラムの騎士は大河を渡った先でエリー草を手に入れた。
では何故カイラムは尋常ならざる危険を冒してまで大河を渡ったのだろう。
理由はとても単純なもので、長い年月をかけて先人達がおびただしい数の犠牲を積み重ねながら樹海を探索してきた結果、エリー草の群生地はその場所をおおまかとはいえ把握されているからだ。そこが河を越えた先にあるというだけの話。
ただし場所が分かっているからといって、そう易々と手に入るものではない。
入り口からたった数時間の距離にある大河に辿り着くことすらできずに命を落とす事など、当然のように起こり得る。
よしんば大河に辿り着けたとしても、5キロメートルにも及ぶ荒れ狂う河を渡る手段を持つ探索者は極めて稀。渡河の手段を持っていても無事に渡りきれるかどうかは殆ど運任せに等しい。
大河を越え、死闘と苦難の果てにエリー草を手に入れても、最後に復路という絶望が立ちはだかる。
テレポートが使えれば話は簡単だったのだが、これでは命が幾つあっても足りはしない。
伝説の霊草扱いを受けているのは決して伊達ではないのだ。
相対的に安全な大河以東で当てもなくエリー草を探すのか、あるいは全滅の危険を飲み込んで渡河するか。
死期が間近に迫っていた王妃を救うため、カルラ一行は後者を選択した。
騎士団の中でも実力者ばかりを選抜して探索行に投入したとはいえ、壊滅状態に陥らず目的を達成し帰還を果たすことができたのはいっそ運命的とすらいえるだろう。
帰り道でカルラが命を落とし、あなた達に掬い上げられたのも同様に。
さて、そんな大河を渡ったあなた達ネバーアローンは河辺で昼食を兼ねて小休止を取っていた。
ぶどうジャムがたっぷり塗られたサンドイッチを咀嚼するあなたの視線の先では、ウィズが作った氷の道が鈍い音を立てながら少しずつ砕け、流されていっている。氷の中には無数の命が閉じ込められているのだろう。
風情と大自然の力と命の儚さが同時に感じられ、えもいわれぬ思いが呼び起こされる。
「…………」
軽く河の環境を破壊してみせたリッチーだが、彼女は早々に食事を終え、現在はダーインスレイヴを真剣な眼差しで調査している真っ最中だ。
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