水面下のバタ足
「せんぱーい。幼気な後輩をこんな所に連れてきてどうするつもりですか?……はっ!まさか私の身体を!?」
「…うざ。いいから付いて来い」
いつもの放課後。
美術室の扉の向こうから聞こえる騒がしい声。
変わらずの毎日が、彼の訪問によって少しづつ崩壊していこうとする今日の良き日に、雲ひとつない晴天にも関わらず美術室で1人きりだった私の元に2人分の喧騒が届く。
「…うす」
「失礼しまーす」
言葉少ない入室する1人の男の子は、ここ最近毎日のようにココへやってくる比企谷くん。
そして、彼の後に続いて入ってきた女の子。
「はろはろー。おろ?今日は同伴さんが居るんだね」
「ん、悪いな。海老名さんの引きこもり部屋に人を連れてきて」
「ひ、引きこもり部屋!?そんな風に思ってたの!?…はぁ、それで?今日はどうしたの?」
「あぁ、例の件について、ちと話したいことがあって」
例の件、とは生徒会選挙のことだろう。
彼は猫背のままに私の側にある椅子へ腰を掛ける。
それを見て、彼が連れてきた女の子は不思議そうな目を向けていた。
「あの、私、なんで呼び出されたんですか?」
「一色、おまえもそこに座れ」
「なんなんですかまったく」
一色さんは文句を言いつつ、比企谷くんに指差された椅子へと座る。
何の説明もないままに、比企谷くんは机に数枚の紙を置くと、一色さんと私の前にボールペンを置いた。
…説明してほしいんだけどなぁ。
「…はぁ。ここは美術室だよ?何をする気か知らないけど、もっと良い場所があるでしょ?」
「図書室は受験生でいっぱいだったんだ。すまんがココを貸してくれ」
「ほぇ〜、美術室って初めて入りました」
三者三様で異様な光景。
いつから美術室はこんなに騒がしくなってしまったんだろう。
いや、嫌いじゃないけどさ。
呆れながら彼を睨みつけていると、彼は何かに察したかのように鞄へと手を伸ばす。
ガサゴソと、出てきたのは黄色と黒のストライプが特徴的な缶。
それをコトンと私の前に置かれた。
「…今日は海老名さんの分も買ってきたから」
「……ありがと」
「ん?先輩、私の分は?」
「…さて、話を始めるぞ」
「私の分は!?」
✳︎✳︎✳︎
……。
黙々と、ボールペンが紙を走る音だけが美術室内に響く。
時計の針はゆっくりと動いているはずなのに、これを書き始めてからは既に1時間が経っていた。
簡単な作業だ。
と、渡された紙には数行に渡る空白の欄。
そして、もう1枚の紙にはパソコンから印刷したであろう生徒名簿。
この生徒の名前を書くだけだから、と言われて始めたこの作業だが、量が量だけにまだまだ終わる気配はない。
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