三度目の、せかい
「おい、兄ちゃん?」
中年が眉をひそめて、何のリアクションも起こさないスバルに声をかけてくるが、それをどこか判然としない意識で聞き流す。
「おい、兄ちゃん!」
大きな声で再度呼び掛けられる。そしてようやくスバルは飛び跳ねるように顔を上げ、周囲に視線をめぐらせる。
昼下がりの通り、場所は露天商の前だ。
八百屋のような店構えの中には、あちらこちらに色とりどりの野菜や果実が並べられている。そのどれもに見覚えがあるようで些細な違いがある。
左腕が無意識に動き腹部に触れ、そこに何の異常もない肉の感触を感じ取り、内臓がこぼれたような形跡が何もないのを確認した。
「もう、わけわっかんねぇ……」
それだけ呟き、スバルはこみ上げてきた吐き気と目眩に翻弄され、膝から崩れ落ちそうになる。
「っと」
しかしそれを受け止めた人物がいた。
「……シャオン」
「大丈夫……ではないわな」
苦笑いしながらシャオンがスバルの顔色を覗いてくる。そして彼の顔を見て改めて思い出すのはあの盗品蔵で起きた悲劇だ。
おぼろげだった記憶もだんだんと鮮明に思い出してきた。
ロム爺とフェルトがエルザに殺され、スバルはシャオンを彼女の凶刃からかばい、腹を裂かれて気を失った。それまでがスバルの覚えているところだ。
「なあ、シャオン。盗品蔵、どうなったんだ?」
「……ダメだった」
あの後誰かが偶然盗品蔵に駆けつけエルザを撃破ないし追い払い、なおかつスバルを治療してくれた。そんな展開だったら万々歳。あとはのんびりとサテラを探すだけなのだが、そんな展開は夢に過ぎなかったようだ。
そもそも八百屋の前にいる時点でそんな展開はあり得ない。つまりは殺されてしまったのだろう。あそこにいた人物は全員。そして以前に立てた仮説通りにスバルが死んでしまったことにより時間が巻き戻った。
「……まじ、死に戻りとかわけわかんねぇ」
異世界に召喚されたら何らかの能力を得るのはフィクションの世界ではよくあることだが、こんな負けること前提の能力を得ることになるなんて思いもしなかった。
「おいおい、お前さんら大丈夫か?」
項垂れるスバルを心配し中年が労るような声をかける。それにシャオンがスバルの代わりに応える。
「ああ、たぶん大丈夫。それより聞きたいことがあるんだ」
「あ? なんだよ急に」
なんなのだ、一体。これ以上混乱させないでほしい。
しかしスバルの心の声はシャオンに届くことはなく、事態は進んでいく。
「ああ。大丈夫、至極常識的かつ簡単な質問だし、これに答えてくれたらすぐにいなくなるから」
そう言うと目で早く言えと促される。どうやらいつまでもここにいられるよりもさっさと質問に答えていなくなったほうがいいと思ったようだ。
「嫉妬の魔女の名前は?」
嫉妬の魔女、聞き覚えのないその単語にスバルは首をひねる。
シャオン自身が元いた世界で知っていた単語なのだろうか? だとしたら尚更店主にはわからないだろう。
だが、店主の反応はスバルの予想と大きく離れていたものだった。
「お前――」
その言葉を聞いた時の表情の変化は激しく、そしてわかりやすかった。
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